アディダスの三本線商標 — 商標保護の歴史と識別力の限界

アディダスの三本線商標 — 商標保護の歴史と識別力の限界 商標

三本線の起源:機能からブランドシンボルへ

アディダスの三本線(スリーストライプス)は、スポーツウェア業界において最も認知度の高いブランドマークの一つである。しかし、この象徴的なデザインの起源は、ブランディングではなく靴の構造的な補強にあった。

1949年、アディダスの創業者アディ・ダスラーは、スポーツシューズの側面に三本の平行線を配置した。当初の目的は、シューズのアッパー部分の強度を高めるための補強ストラップであった。しかし、この三本線は次第にアディダス製品を識別するための視覚的要素として機能するようになり、やがてブランドアイデンティティの中核を担うようになった。

興味深い点は、三本線デザインの権利をアディ・ダスラーがフィンランドのスポーツブランドKarhuから取得したという経緯である。Karhuは元々三本線に類似したストライプを靴に使用しており、ダスラーはこの権利を当時の金額で約1,600ユーロ相当とウィスキー2本で買い取ったとされている。現在のアディダスのブランド価値を考えれば、これは商標史上最も費用対効果の高い取引の一つと言えるだろう。

商標法の観点から見ると、三本線の保護は「使用による識別力の獲得」(secondary meaning)の典型例である。三本の平行線という幾何学的パターン自体は、本来的に特定の出所を示す識別力を有しない。しかし、長年にわたる継続的な使用と大規模な広告投資により、消費者が三本線を見ただけでアディダスを想起するようになった結果、商標としての保護が認められるに至った。

アディダスの商標ポリシング戦略

商標権は、権利者が積極的に保護活動を行わなければ希釈化(dilution)により弱体化するという特性を持つ。アディダスは、三本線商標の保護に関して業界でも特に積極的なポリシング(権利行使)戦略を展開してきた。

アディダスは年間数百件規模の商標関連訴訟を提起し、三本線に類似するストライプデザインの使用に対して一貫して異議を唱えてきた。その対象は大手競合メーカーから小規模なアパレルブランドまで多岐にわたる。例えば、フォーエバー21が販売した三本線に似たストライプ入りのスポーツウェアに対して侵害訴訟を提起したケースや、デザイナーブランドのトム・ブラウンが使用する四本線デザインに対して訴訟を起こしたケースなどが知られている。

トム・ブラウンとの訴訟は特に注目を集めた。アディダスはトム・ブラウンの四本線が消費者に混同を生じさせると主張したが、2023年にニューヨークの陪審はトム・ブラウン側に有利な判決を下した。この判決は、ストライプデザインの保護範囲には限界があることを示すものとなった。

こうした積極的な権利行使は、商標の希釈化を防ぐという合理的な目的に基づいている。もし類似のストライプデザインが市場に氾濫すれば、消費者は三本線を見てもアディダスを想起しなくなり、商標としての識別力が失われてしまう。しかし同時に、過度に広い保護を求めることは、他社のデザインの自由を不当に制限するリスクも孕んでいる。

欧州での商標無効判決:識別力の証明という難題

2019年、欧州連合知的財産庁(EUIPO)の一般裁判所は、アディダスの三本線商標の一つを無効とする判決を下した。この判決は、商標法における識別力の証明がいかに困難であるかを示す重要な先例となった。

問題となったのは、あらゆる方向(横向き、斜め等)に使用される等間隔の三本の平行線を保護対象とする、広範な商標登録であった。EUIPOの審判部、そして一般裁判所は、アディダスがこの広範な商標についてEU全域における使用による識別力の獲得を十分に立証できなかったと判断した。

具体的には、裁判所は以下の点を指摘した。まず、アディダスが提出した使用の証拠は、主に靴の側面における特定の方向での三本線使用に関するものであり、「あらゆる方向の三本平行線」という広範な商標登録をカバーするものではなかった。次に、提出された証拠はEU加盟国の一部に限られており、EU全体における識別力の獲得を示すには不十分であった。

この判決は、商標登録の範囲と実際の使用との間の整合性が重要であることを明確にした。企業が実際に使用している形態を超える広範な商標登録を維持するためには、その広い範囲全体について識別力が獲得されていることを立証する必要がある。これは、特にEUのように多数の加盟国にまたがる市場では、極めて高いハードルとなる。

ただし、この判決によってアディダスの三本線商標保護が全面的に失われたわけではないことに留意すべきである。無効となったのは特定の広範な登録であり、より限定的な形態での三本線商標は引き続き保護されている。アディダスは判決後も、個別の国・地域での商標登録を通じて保護網を維持している。

識別力の希釈化問題:ストライプは誰のものか

三本線商標をめぐる一連の紛争は、より根本的な問いを提起している。基本的な幾何学的パターンに対して、どこまで排他的な権利を認めるべきなのか。

商標法は、特定の標識と商品・サービスの出所との結びつきを保護するものであり、基本的な形状や色彩そのものを独占させることを意図していない。三本のストライプという幾何学的要素は、装飾やデザインにおいて広く使用される基本的なパターンであり、一企業がこれを広範に独占することは、他のデザイナーやブランドの表現の自由を不当に制約する恐れがある。

この問題は「商標の累積効果」という概念とも関連する。もし主要なスポーツブランドがそれぞれ特定のストライプ数を商標として保護できるならば、二本線、三本線、四本線、五本線と、数のバリエーションが次々と独占され、他の事業者がストライプを装飾的に使用する余地がなくなってしまう。商標制度はこのような過度な独占を防ぐバランスを取る必要がある。

アディダスの三本線は、長年の使用と投資によって強力なブランド連想を築いてきたことは疑いない。しかし、その保護の範囲をどこまで広げるかについては、競合他社のデザインの自由、消費者の利益、そして市場における健全な競争の維持という観点から、慎重な判断が求められる。

商標戦略への示唆:シンプルな標章の保護と限界

アディダスの三本線商標の事例から、知財戦略として重要な教訓がいくつか導かれる。

第一に、本来的に識別力を持たないシンプルな標章の商標登録を維持するには、継続的かつ一貫した使用と、使用実態を証明するための体系的な証拠収集が不可欠である。アディダスの欧州での敗訴は、使用証拠の範囲と質が登録の維持に直結することを示している。複数の国・地域で事業を展開する企業は、各市場における使用証拠を計画的に蓄積する体制を整える必要がある。

第二に、商標ポリシングの範囲と強度には戦略的な判断が求められる。過度に攻撃的な権利行使は、訴訟コストの増大だけでなく、裁判所や公衆からの反感を招くリスクがある。トム・ブラウン訴訟での敗訴は、権利者が主張する保護範囲が裁判所に認められるとは限らないことを示した。権利行使の対象を選択する際には、実際に消費者の混同が生じる蓋然性が高いケースに重点を置く戦略が合理的である。

第三に、商標登録の形態と範囲は、実際の使用実態に即したものとすべきである。あまりに広範で抽象的な登録は、無効審判のリスクにさらされる。むしろ、具体的な使用形態に即した複数の登録を階層的に保持する方が、全体としての保護は堅固になり得る。

アディダスの三本線は、シンプルなデザインが巨大なブランド価値を持ち得ることの証明であると同時に、そのシンプルさゆえに保護の限界に直面するという、商標法固有のジレンマを体現している。知財専門家にとって、このケースは商標の取得・維持・行使のあらゆる段階において示唆に富む事例であり続けるだろう。

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