コカ・コーラのコンターボトルが立体商標として登録されたとき、日本の審査官が判断基準として参照した先例がありました。それが「ヤクルト容器事件」です。
あの小さなプラスチック容器。上が細く、下が丸くふくらんだ独特のシルエット。わたしたちが「ヤクルト」と聞いて真っ先に思い浮かべるあの形は、日本で最初期に認められた立体商標のひとつです。今回はその登録の経緯と、なぜこの形が「商標」として認められたのかを掘り下げます。
ヤクルト容器とは何か。形の特徴と歴史
ヤクルト(Yakult)は1935年、微生物学者の代田稔(しろた みのる)博士が開発した乳酸菌飲料です。代田博士は腸内環境の改善を目的に、乳酸菌「ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株」を強化・育成し、これを飲料として製品化しました。
現在のヤクルト容器は、65mlという小さなサイズに、独特のくびれと丸みを持つシルエットが特徴です。容器下部がふっくらと丸く、上部が細いネック状になったこのデザインは、視覚的にも触覚的にも他の飲料容器と明確に異なります。
この形は1960年代以降、ほぼ変わらずに使われ続けています。世界40以上の国と地域で販売されており、日本国内だけで1日約1,000万本が消費されているとされます。
📋 参考:ヤクルト本社:企業沿革
立体商標としての登録。審査の経緯
ヤクルト本社がこの容器形状の立体商標登録を出願したのは、日本に立体商標制度が導入された直後、1997年のことです。制度導入と同時に素早く出願した点からも、知財への意識の高さが伺えます。
商標法第3条第1項は「自他商品の識別力」を登録要件として定めています。容器の形状は原則として「商品の機能・美感を発揮するために不可欠な形状」として識別力が認められにくい(商標法4条1項18号)のですが、ヤクルト容器はこの壁を突破しました。
特許庁は、以下の点を根拠に識別力を認めました。
① 長年の使用実績:1960年代から30年以上、ほぼ同じ形状を維持して使用してきた事実。
② 消費者への浸透度:アンケート調査などにより、容器形状だけを見た消費者の大多数が「ヤクルト」と回答したデータ。
③ 独自性:同種の乳酸菌飲料市場において、類似した形状の容器が他社から販売されていないこと。
これらの証拠により、ヤクルト容器は「その形を見るだけで消費者がブランドを識別できる」という識別力の取得(商標法3条2項)が認められ、立体商標として登録されました。
📋 日本の商標登録番号:第4103433号(J-PlatPatで確認可能)
ヤクルト事件がのちの審査に与えた影響
ヤクルト容器の登録は、日本の立体商標審査において重要な先例となりました。コカ・コーラ事件の知財高裁判決(2008年)でも、「使用による識別力の取得」を認める際にヤクルト事件の考え方が参照されています。
特に重要なのが「使用証拠」の積み上げ方です。ヤクルト事件では、販売実績・広告出稿・消費者調査の3点セットが有効と認められました。これ以降、立体商標を出願する企業はこの3点をセットで証拠として準備することが業界の標準的な対応となっています。
形の模倣とヤクルトの対応
立体商標を取得した後、ヤクルトは実際にこの権利を行使する場面がありました。国内外で類似容器を使用した製品が販売されたケースにおいて、商標権侵害として警告・交渉を行った事例が報告されています。
ただし、すべての類似容器が侵害になるわけではありません。商標権が及ぶのは「需要者(消費者)が混同するおそれがある範囲」に限られます。形が似ていても、異なる商品カテゴリーで使用される場合や、消費者が明らかに別のブランドと認識できる場合には、侵害にならないこともあります。
日本における容器の立体商標。他の事例との比較
立体商標が認められた容器・形状には、ヤクルト以外にもいくつか存在します。
キッコーマン卓上瓶(商標登録第4672571号):1961年にデザイナー・栄久庵憲司氏が設計した八角形に近いあの醤油ボトル。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品でもあります。日本だけでなく海外でも広く認知されています。
コカ・コーラ コンターボトル(商標登録第4991338号):前回記事で詳述したとおり、知財高裁の逆転勝訴を経て登録。
リボンキャンディ(三色):三色のリボン状のキャンディ形状。お菓子業界では珍しい立体商標の事例。
共通するのは「その形を見るだけでブランドがわかる」という高い識別力です。逆に言えば、これを証明できなければどれほど個性的なデザインでも立体商標にはなれません。
形そのものが「資産」になる。デザイン戦略としての立体商標
ヤクルト容器の事例でわたしが特に興味深いと感じるのは、「意図せずして生まれた形」が後に強力な知財になったという点です。
代田博士がこの容器をデザインしたとき、おそらく主な関心は「飲みやすさ」「衛生的な密閉」「コスト」であったはずです。しかしその形が60年以上使われ続けることで、消費者の記憶に「ヤクルト=あの形」として刷り込まれた。その蓄積が、法的に保護された「資産」に変わったわけです。
意匠権(デザイン特許)は最長25年で保護が切れますが、商標権は更新し続ける限り半永久的に存続します。ヤクルトは意匠権が切れた後も、立体商標という形でこの容器形状を守り続けています。これはブランド戦略と知財戦略が長期的に連携した成功例です。
【出典・参考リンク】
- J-PlatPat(特許情報プラットフォーム) — 国内商標の公式検索データベース
- ヤクルト本社:企業沿革
- 特許庁:商標制度の概要
- 弁理士法人創英:コカ・コーラ瓶の立体商標登録を認める知財高裁判決(参照)
本記事は公開情報をもとにした調査・解説であり、法的アドバイスではありません。商標・特許に関する具体的なご相談は、弁理士または弁護士にお問い合わせください。


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