特許制度が誕生して200年以上が経つが、その根幹に問いかけた存在がいる。「発明者」とは何か。人間だけが発明できるのか。そしてAIが生み出したアイデアに、特許という独占権を与えることができるのか。この問いに正面から向き合ったのが、アメリカの研究者スティーブン・テーラー(Stephen Thaler)博士と、彼が開発したAIシステム「DABUS」だ。
DABUS(Device for the Autonomous Bootstrapping of Unified Sentience)の名称は、知財の世界では今や知らない人がいないほど有名になった。2018年から始まった一連の特許出願は、日米欧・オーストラリア・韓国・日本を舞台に法廷闘争へと発展し、各国の知財制度における「発明者」の定義を問い直す契機となった。本稿では、各国の判決番号・出願番号を具体的に追いながら、この問題の現在地を整理する。
DABUSとは何か。論争の震源地を整理する
DABUS(Device for the Autonomous Bootstrapping of Unified Sentience)は、テーラー博士が開発した自律型AIシステムだ。テーラー博士はこのシステムが「人間の指示なしに独自の技術的アイデアを生成した」と主張し、2018年にUKIPO(英国知的財産庁)へ2件の仮出願を行った。
注目すべきは、出願書類の発明者欄に「DABUS」と記載されたことだ。通常、発明者欄には人間の名前が記載される。テーラー博士はあえてそれを破り、「自分は発明者ではない。発明したのはDABUSだ」と主張した。彼がDABUSの所有者であるがゆえに特許を受ける権利があるという理論構成だった。
出願はPCT(特許協力条約)ルートで国際展開された。国際出願番号は PCT/IB2019/057809 として公開されており、Google Patentsで番号検索するとファミリー各国の審査経緯を一覧できる。発明の内容は2件あり、ひとつは「Food Container(食品容器)」、もうひとつは「Devices and Methods for Attracting Enhanced Attention(注意誘引デバイスおよび方法)」だ。
各国の判断を読み解く。登録番号と判決番号の記録
アメリカ合衆国
USPTOは出願番号 US16/524,350 に対し、AIは自然人ではないとして発明者記載を拒絶した。テーラー博士はバージニア東部地区連邦地裁に提訴したが敗訴(Thaler v. Vidal, No. 1:21-cv-00903)。2022年8月、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)も地裁判決を支持した。テーラー博士は最高裁への上訴を求めたが、2023年4月24日に上訴許可申請が却下(Case No. 22A615)。米国では司法の最終判断が下された形となっている。
英国最高裁判所
英国では2018年に出願された GB1816909.4 および GB1818161 がUKIPOに拒絶され、高等裁判所・控訴院を経て最高裁まで争われた。2023年12月20日、英国最高裁は Thaler v Comptroller-General of Patents, Designs and Trademarks [2023] UKSC 49 において、発明者は自然人のみであるとの判断を全会一致で下した。
注目すべきは、最高裁がテーラー博士の「DABUS所有者として特許を受ける権利がある」という主張も退けた点だ。裁判所は、AIが「高度なツール」として活用された場合に人間が発明者となることを妨げてはいないが、本件はその議論とは別の問題であると整理している。
オーストラリア
連邦裁判所は2021年7月(Thaler v Commissioner of Patents [2021] FCA 879)で当初テーラー博士の主張を認め、AIが発明者になり得ると判示した。しかし翌2022年、全席連邦裁判所(Full Federal Court)は Commissioner of Patents v Thaler [2022] FCAFC 62 でこれを覆し、従来の「自然人発明者」原則に回帰した。
ドイツ連邦通常裁判所(BGH)
2024年6月11日のBGH判決(AZ X ZB 5/22)は、AIを発明者として指名することはできないと明確に示した。ただし同時に、AIが発明に使われた場合でも「人間の関与(human influence)」があれば特許取得は可能とし、その人間が発明者として指定されるべきとした。
韓国・中国
韓国ソウル行政裁判所(事件番号2022구합89524)は2023年6月にDABUS出願を拒絶し、2024年5月のソウル高裁(2023Nu52088)もこれを維持した。中国では北京知識産権法院((2024)京73行初6353号)が拒絶決定を下している。
南アフリカ(唯一の例外)
世界ではほぼ唯一、南アフリカの特許庁(Companies and Intellectual Property Commission)がテーラー博士の出願を認め、特許を付与した。ただし南アフリカの特許制度は形式審査のみで、実質審査(新規性・進歩性の判断)は行わない方式だ。有効性に対する法的評価はまだ確定していない。
日本の現状。特願2020-543051とIPHC判決
日本においても同じPCT出願が国内段階に移行し、日本出願番号 特願2020-543051 として特許庁(JPO)に審査が行われた。J-PlatPatでこの番号を検索すると、審査経過と拒絶査定の詳細を確認できる。
特許庁はDABUSを発明者とする記載の補正を命じたが、テーラー博士がこれを拒否したため拒絶査定となった。東京地方裁判所は2024年5月16日(令和6年(行ウ)第5001号)、特許庁の判断を支持し、「発明」は人の創造的活動の成果であり(知的財産基本法第2条第1項)、発明者の「氏名」とは自然人の名称を指すと判示した。
さらに2025年1月30日、知的財産高等裁判所(令和6年(行コ)第10006号)は東京地裁判決を維持し、DABUSを発明者とする法的根拠はないと結論づけた。同時に「現行法が制定された時点では、近年の急速なAI開発や、AIが自律的に発明を生み出す事態は想定されていなかった」として、新たな立法的枠組みが必要であるとの問題提起も行っている。
日本においても「発明者=自然人」という解釈は揺るがなかった。
なぜ「発明者=人間」なのか。制度設計の根本思想
特許制度の根本的な目的は「発明を公開する代わりに一定期間の独占権を付与すること」で、イノベーションを促進する社会契約だ。この契約の当事者として想定されてきたのは、一貫して「自然人」だった。
AIを発明者として認めた場合、いくつかの制度的問題が浮上する。発明者の権利義務は誰に帰属するのか。AIに道徳的権利を認めるのか。職務発明規定はどう適用されるのか。現行法の枠内でこれらの問いに答えることは極めて困難であり、各国の裁判所が「立法の問題」として押し返す理由はここにある。
一方でテーラー博士側の反論も鋭い。DABUS出願を支援したライアン・アボット(Ryan Abbott)教授(サリー大学)は「AIが生み出した発明が誰の名義でも特許を取れなくなるなら、技術の公開という特許制度の本来の目的が損なわれる」と主張する。秘密のまま技術を握り続けるほうが、社会にとって損失ではないか、という問いだ。
さらに実務的な問題もある。現在のAI時代において、「どこまでが人間の貢献でどこからがAIの貢献か」という境界は非常に曖昧だ。生成AIにプロンプトを投げて出てきたアイデアをベースに特許を取る場合、人間は何を「発明」したことになるのか。
AI支援発明と「重要な貢献」基準。実務の現在地
各国の判決が「AIは発明者になれない」で一致したからといって、AIを使った発明が特許を取れないわけではない。むしろ実務的に重要なのは「AI支援発明(AI-assisted invention)」の扱いだ。
USPTOは2024年2月に「AI支援発明に関するガイダンス」を公表し、「自然人が各請求項に対して重要な貢献(significant contribution)を行っていれば特許取得は可能」との基準を示した。同時に「AIシステムの所有・監視だけでは発明者とは認められない」とも明記した。
JPOも同様の方向に動いており、生成AIを「道具として活用した」場合は人間を発明者として出願可能という解釈が定着しつつある。ただし「どこまでが道具の利用でどこからが自律的な発明か」の線引きは、今後の審査実務を通じて固まっていく部分が大きい。
ドイツBGHの2024年判決は「人間の関与(human influence)は必要だが、それは発明的な貢献である必要はなく、その影響を与えた人物が発明者として指定されるべき」とした。これは米国の「重要な貢献」基準よりやや広い解釈であり、AI活用の度合いが高い発明でも人間発明者を認めやすい方向性と読める。
立法論と今後の展望
日本では2025年5月に「AI関連技術の研究開発・利用の促進に関する法律」が成立・公布されるとともに、内閣府が「知的財産推進計画2025」においてAI生成物の知財保護のあり方を検討課題に掲げた。特許法の改正議論はまだ具体化していないが、著作権分野ではすでに文化審議会で活発な議論が進んでおり、特許分野も遅れて追随する可能性が高い。
国際的にはWIPOが2019年から「WIPO Conversation on Intellectual Property and Artificial Intelligence」を開催し、各国の立場を集約する作業を続けている。方向性としては大きく分けて二つある。ひとつは「AI支援発明の人間発明者認定基準を明確化する」というアプローチ、もうひとつは「AIを発明者として認める新たな制度カテゴリーを創設する」というアプローチだ。後者は現在の主流からは遠いが、社会的コンセンサスが形成されれば立法技術的には不可能ではない。
まとめ
DABUS事件が残した最大の遺産は、特許制度の「自明の前提」を可視化したことにある。「発明者は人間だ」という命題は、特許法の条文に明示されているわけではない国も多かった。しかし、AIが登場するまで誰もそれを問わなかった。
現時点での各国の結論は明確だ。英国最高裁[2023] UKSC 49、米国連邦巡回区控訴裁判所 Thaler v. Vidal(2022)、ドイツBGH(AZ X ZB 5/22)、日本知財高裁(令和6年(行コ)第10006号)、そしてEPO審判部(J 0008/20)のいずれも「自然人のみが発明者たり得る」という結論で一致している。
J-PlatPatで 特願2020-543051 を検索し、Google Patentsで PCT/IB2019/057809 のファミリーを開くと、世界各国の審査経緯がリアルタイムで確認できる。これほど多くの法域で並行して審査・判断された案件は稀であり、比較知財法の一次資料として今後も参照価値を持ち続ける。
AIが「道具」から「共同創造者」へと変わりつつある時代、発明者の定義をめぐる議論は立法フェーズに入った。日本の知財高裁が指摘した通り、「新たな立法的枠組みの構築」は避けられない。その議論の行方を、知財実務に関わる者として引き続き注視したい。


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