英国控訴院、Nokia対Acer・ASUSのRAND紛争で「調整可能ライセンスオファー」を有効と認定――仲裁付託で2026年6月の正式審理は中止に

知財ニュース

英国控訴院(England and Wales Court of Appeal)は2026年5月12日、Nokiaが台湾のAcer・ASUSに対するロンドンでのRANDライセンス訴訟を停止するよう求めた申立てを認め、Nokiaの「調整可能ライセンスオファー(Adjustable Licence Offers)」がRAND条件の有効な提案を構成すると判示した。判決はAcer Incorporated & Anor v Nokia Technologies Oy [2026] EWCA Civ 564として、Peter Jackson、Arnold、Zacaroliの3判事のもとで言い渡された。

本件は、Nokiaが保有するITU-T H.264/AVC(AVC)およびH.265/HEVC(HEVC)動画符号化標準の標準必須特許(SEP)ポートフォリオを巡る紛争である。AcerとASUSは、これら符号化技術を実装するノートパソコンや関連機器の主要メーカーであり、Nokiaに対して英国裁判所でRANDライセンス条件の確定を求める訴訟を提起していた。Nokiaはこれに対し、英国の裁判所でのジュリスディクションを争うのではなく、別途の手続的アプローチを取った。

Nokiaが提示した「調整可能ライセンスオファー」は、当面の暫定的なライセンスを実装企業に与えつつ、最終的なライセンス料その他の条件についてはICC国際商業会議所の仲裁廷で確定するという仕組みを採用している。財務条件のうち基本部分はあらかじめ提示され、最終調整は仲裁を通じて行うことで、実装企業は標準準拠技術の継続使用を即時に確保できる一方、Nokia側は世界共通の条件設定を仲裁地で完結させることができる。

控訴院はまず、RANDライセンス請求についての英国の管轄を維持した。これは、英国裁判所がSEP紛争で世界包括ライセンス条件を決定する権限を持つとした2020年のUnwired Planet v Huawei判決以来の枠組みを踏襲する判断である。一方で控訴院は、Nokiaの調整可能ライセンスオファーがRAND要件を満たす有効な提案であると評価し、訴訟手続自体については「ケースマネジメント・ステイ」を付与した。

このステイの帰結として、2026年6月から7月にかけて予定されていたAcer・ASUS側のRAND条件確定訴訟の本案審理は行われない。Nokia広報は判決を歓迎する声明を出し、本件における仲裁付託の正当性が裁判所によって確認されたとの認識を示している。Acer・ASUSの両社は判決内容の精査を行う方針を示しているとされる。

本判決の業界的な意義は二つの方向で大きい。第一に、SEP保有者にとっては、適切に設計された仲裁付き調整可能ライセンスオファーを提示することで、実装企業主導のRAND訴訟を実質的に停止させる新たな経路が公式に承認された点である。これは、過去にはUnwired Planet以降の枠組みで実装企業が裁判所主導のRAND確定手続を選好してきた流れに対するカウンターウェイトとなる可能性がある。

第二に、実装企業側にとっては、SEP保有者から仲裁付託を含むライセンスオファーを受領した時点で、英国裁判所による独立した条件審理を期待しにくくなる構造が形成された。仲裁メカニズムが「不偏かつ実効的」(unimpeachable)であることが控訴院の判断の前提となっており、今後はSEP保有者側がこの基準を満たす仲裁条項をいかに設計するかが焦点となる。

Nokiaは2023年以降、AcerおよびASUSを含む複数の動画符号化技術実装企業に対して、ドイツ、米国、英国など複数の法域でSEP侵害訴訟および逆SEP訴訟を展開してきた。今回の判決は、Nokiaが英国訴訟を実質的に排除しつつ、自社主導の仲裁プロセスで世界ライセンス料を確定するという戦略にとって重要なマイルストーンとなる。動画符号化分野ではAvanci動画プールやVia LAなどパテントプールも活動しており、本判決はこれら集団ライセンス手続との関係にも影響を及ぼす可能性がある。

本件は、英国がSEPライセンス紛争の世界的なハブとしての地位を維持しつつも、仲裁メカニズムの活用余地を広げる方向にあることを示している。日本の電機・通信機器メーカーにとっても、SEP保有者から類似の調整可能ライセンスオファーを受領した際の対応戦略、特に交渉初期段階での仲裁条項の精査が今後一層重要になると見られる。

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パテント探偵社 編集部

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