レゴブロックの特許が切れてもなぜ模倣品が市場を支配できないのか:特許満了後の知財戦略と機能性の法理

はじめに:特許が切れた後の「本当の戦い」

レゴブロックの基本特許は、1958年にデンマークで出願され、1978年に満了した。つまり、半世紀近く前にレゴブロックの「結合構造」そのものを保護する特許権は消滅している。にもかかわらず、レゴは2025年現在も世界最大の玩具メーカーの座を維持し、互換ブロックメーカーが市場を席巻するには至っていない。なぜか。

この問いへの答えは、特許法の範囲を超えた知的財産戦略の全体像にある。レゴは特許満了後、商標権・トレードドレス(製品の外観に対する保護)・著作権・デザイン権を組み合わせた多層的な防御体制を構築し、時に攻撃的な訴訟戦略を展開してきた。本稿では、レゴの特許史から始まり、Mega Bloksとの20年にわたる訴訟戦争、EU知的財産庁(EUIPO)および欧州司法裁判所での判例、そして現在のレゴの知財ポートフォリオまで、体系的に解説する。

レゴブロックの特許史:ゴッドフレッド・キアク・クリスチャンセンの発明

レゴブロックの原型となる結合システムの特許は、1958年1月28日にレゴ社の創業者の息子ゴッドフレッド・キアク・クリスチャンセン(Godtfred Kirk Christiansen)によって出願された。米国特許US3,005,282として1961年に登録されたこの特許は、ブロック上面のスタッド(突起)と底面のチューブ(中空円筒)が噛み合うことで「クラッチパワー」と呼ばれる適度な結合力を生む構造を権利化したものだ。この設計は、子どもが簡単に組み立てられるが不用意には外れないという、絶妙なバランスを実現していた。

レゴはその後も継続的に改良特許を出願し、デュプロ(大型ブロック)、テクニック(歯車・軸を使った機構)、ミニフィギュア(人型フィギュア)など、製品ラインの拡張に合わせた特許ポートフォリオを構築していった。しかし基本特許の満了は不可避であり、1978年以降、原理的には誰でもレゴ互換のブロックを製造・販売できるようになった。

特許後の第一防衛線:商標権による保護の試み

特許が切れた後、レゴが最初に頼ったのは商標権だ。レゴは「LEGO」というワードマーク(文字商標)だけでなく、ブロック上面のスタッド配列そのものを立体商標として登録しようと試みた。ブロックの形状自体が「レゴ」を示す標識として機能するという主張だ。

しかしこの戦略は、欧州においてはほぼ完全に失敗した。2010年、欧州司法裁判所(CJEU)はLEGO Juris A/S v. OHIM(C-48/09 P)において、レゴブロックの形状は「技術的機能を達成するために必要な形状」であり、商標として登録することはできないとの判断を下した。裁判所は、技術的機能に由来する製品形状を商標で保護することを認めれば、特許制度が設けた時間的制限を実質的に回避し、永続的な独占を可能にしてしまうと指摘した。

この判決は知的財産法における極めて重要な原則を確認したものだ。特許は有限の独占権であり、満了後は公有(パブリックドメイン)に帰するべきものである。商標権という本来無期限に更新可能な権利を使って、特許で保護されていた技術的特徴を永続的に独占することは許されない。いわゆる「機能性の法理(functionality doctrine)」の適用例として、この判例は世界中の知財実務家に引用されている。

Mega Bloks(現MEGA)との訴訟史:20年間の攻防

レゴにとって最大の競合は、カナダのMega Bloks(現在はマテル傘下のMEGAブランド)だった。Mega Bloksはレゴ互換のブロック玩具を低価格で販売し、1990年代から急速にシェアを拡大した。レゴはこれに対して世界各地で訴訟を提起し、20年以上にわたる法廷闘争を繰り広げた。

カナダでの訴訟は特に重要だ。2005年、カナダ最高裁判所はKirkbi AG v. Ritvik Holdings Inc.で、レゴのブロック形状に対する商標権の主張を退けた。裁判所は、ブロックの形状は「主として機能的」であり、商標法による保護の対象にはならないと判示した。この判決は、欧州司法裁判所の2010年判決に先駆けて「機能的形状の商標登録排除」原則を確立したものとして重要な意味を持つ。

ドイツでも同様の結論が導かれた。ドイツ連邦裁判所は複数の判決でレゴブロックの形状商標を無効とし、レゴが商標権を通じて基本ブロック形状の独占を維持する道を閉ざした。一方で、レゴのミニフィギュア(人型フィギュア)については、2022年にEU一般裁判所がその独特の形状に識別力を認め、立体商標としての登録を支持する判決を下している。ミニフィギュアの形状は「技術的機能に由来するものではない」と判断されたためだ。

トレードドレスと不正競争防止法:もう一つの防御ライン

商標登録が困難であることが明らかになった後も、レゴは不正競争防止法やトレードドレスの法理を活用する試みを続けた。トレードドレスとは、製品の全体的な外観・印象が消費者の間で特定の出所を示す標識として機能している場合に保護される権利だ。米国ではランハム法(Lanham Act)第43条(a)に基づいて主張される。

しかしトレードドレスの主張においても「機能性」は大きな障壁となる。製品の外観が主として機能的な目的に由来する場合、トレードドレスとしての保護は認められない。レゴブロックのスタッドとチューブの配列は結合機能に直接由来するため、この主張は困難を極めた。

一方で、レゴの包装デザイン、色彩の組み合わせ、マーケティング上の「ルック&フィール」については、不正競争防止法に基づく保護の余地がある。レゴは近年、模倣品メーカーに対して商標侵害ではなく不正競争や消費者欺罔を理由とした訴訟を提起するケースも増えている。特に中国の模倣品メーカーに対しては、レゴのフェアプレイポリシーに基づく積極的な法的対応が行われている。

著作権とデザイン権:レゴの現在の知財ポートフォリオ

基本ブロック形状の商標保護が否定された一方で、レゴは著作権とデザイン権を活用した保護を強化している。レゴのセット全体のパッケージデザイン、組み立て説明書のイラストレーション、そして個々のキャラクター(スター・ウォーズやハリー・ポッターなどのライセンス製品は別として、レゴオリジナルのニンジャゴーやバイオニクルなど)は著作権で保護される。

また、個別の特殊パーツ(特定のセットのために設計された独自形状のパーツ)やミニフィギュアのアクセサリーなどは、意匠権(デザイン権)による保護の対象となりうる。EUではコミュニティ意匠制度(Registered Community Design)、日本では意匠法に基づく保護が可能だ。

レゴの知財戦略の転換点となったのは、2000年代前半の経営危機だ。模倣品の増加と事業多角化の失敗により、レゴは2003年に過去最大の赤字を計上した。この危機を乗り越える過程で、レゴは知財ポートフォリオの見直しと法務体制の強化を行い、「特許に依存しない知財戦略」を確立していった。

レゴが市場を支配し続ける本当の理由:知財を超えた競争優位

法的保護だけでは、レゴの市場支配力を完全には説明できない。互換ブロックメーカーが法的に製造を許されているにもかかわらず、レゴが圧倒的な市場シェアを維持している理由は、知財戦略と経営戦略の組み合わせにある。

第一に、品質管理の徹底がある。レゴブロックの寸法公差はわずか10マイクロメートル(0.01mm)以内に管理されている。この精度が「クラッチパワー」の一貫性を保証し、異なる年代に製造されたブロック同士でも完璧に結合する。互換ブロックメーカーの多くは、この精度レベルを安定して維持することができていない。

第二に、ライセンス戦略の成功がある。スター・ウォーズ、マーベル、ハリー・ポッター、ディズニーなどの有力IPとの独占的または優先的なライセンス契約は、互換メーカーが参入できない領域を作り出している。これらのライセンス製品はレゴの売上の相当部分を占めており、知的財産権のライセンスという形で事実上の参入障壁を構築している。

第三に、AFOLコミュニティ(Adult Fans of LEGO:大人のレゴファン)の存在がある。レゴはファンコミュニティとの関係構築に長年投資しており、LEGO Ideasプラットフォーム(ファンのアイデアを製品化するプログラム)やBrickLinkの買収(2019年)など、コミュニティ・エコシステムの維持・拡大に注力している。このブランドロイヤルティは、互換メーカーが容易に模倣できない無形資産だ。

中国市場と模倣品問題:現在進行形の課題

レゴが最も苦戦しているのが中国市場での模倣品対策だ。Lepin(楽拼)に代表される中国の模倣品メーカーは、レゴのセットを丸ごとコピーした製品を大幅な低価格で販売し、急速に市場を拡大した。Lepinは組み立て説明書のレイアウトまでコピーしていたケースもある。

2019年、中国警察当局はLepinの製造拠点を摘発し、約1億4,000万人民元(約30億円)相当の製品を押収した。これは中国における知的財産保護の強化を象徴する出来事だったが、Lepinの閉鎖後もKing(キング)、Mould King、Cada(カダ)など、新たなメーカーが次々と市場に参入している。

一方で、すべての互換メーカーが「模倣品」というわけではない。独自のデザインやオリジナルの設計を行いながらレゴ互換の結合システムを採用するメーカーも増えている。BlueBrixx(ドイツ)やCoBi(ポーランド)などは、独自の製品ラインを展開しつつレゴとの互換性を維持するという戦略をとっている。基本特許が満了している以上、結合システムそのものの使用は合法であり、問題となるのはセットデザインの模倣や商標の不正使用に限定される。

まとめ:特許満了後の知財戦略が教えてくれること

レゴの事例は、特許が切れた後の知的財産戦略について極めて豊富な示唆を与えてくれる。基本特許の満了は確かにレゴの法的独占を終わらせた。しかし商標権・トレードドレス・著作権・意匠権という多層的な知財防御に加え、品質管理の徹底、ライセンス戦略、コミュニティ構築というビジネス戦略を組み合わせることで、レゴは特許なき時代においても圧倒的な市場支配力を維持している。

同時に、欧州司法裁判所やカナダ最高裁の判例は、知的財産法における重要な原則を明確にした。特許制度が設けた時間的制限は尊重されるべきであり、商標権を使ってこの制限を回避することは許されない。「機能性の法理」は、イノベーションの公有化と独占のバランスを守るための不可欠な歯止めとして機能している。

レゴブロックという身近な製品の背後には、知的財産法のほぼすべての領域にまたがる壮大な法的攻防の歴史が存在する。そしてこの攻防は、互換ブロック市場の拡大と中国市場の成長とともに、今なお進行中だ。

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