旧型アウト、新型はセーフ? Apple Watch血中酸素特許訴訟、控訴裁が輸入禁止を確定

特許

Appleがウェアラブルの代名詞として売り出したApple Watchが、医療機器メーカーとの特許紛争で大きな壁にぶつかっています。2026年3月19日、米国の連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)が下した判決は、単なる企業間の法廷闘争にとどまらず、「設計変更でどこまで逃げられるか」という特許実務の最前線を映し出すものでした。

何が起きたのか――血中酸素センサをめぐる特許戦争

事の発端は、医療機器ベンチャーのMasimo(マシモ)が持つ2本の特許です。米国特許番号US 10,912,502とUS 10,945,648――どちらも「光を使って血液中の酸素飽和度(SpO2)を非侵襲的に測定する技術」に関するものです。「非侵襲的」とは、指や手首にセンサを当てるだけで、採血なしに体内の状態を把握できる仕組みのこと。Apple Watch Series 6が搭載した血中酸素測定機能は、まさにこの技術領域に踏み込んでいました。

Masimoは2020年に提訴。米国際貿易委員会(ITC)が2023年に輸入禁止命令を出し、AppleはいったんSeries 9とUltra 2の米国販売を停止するという事態に追い込まれました。その後、設計変更(ソフトウェア側の処理変更)を施した新バージョンで販売再開を図りましたが、今回CAFCはSeries 6に対する輸入禁止命令を維持する判断を下しました。

絶妙なタイミング――前日の「新型セーフ予備勧告」との関係

注目すべきは、CAFCが輸入禁止を確定させたのが3月19日であるのに対し、その前日の3月18日に「Appleの新設計はITC侵害判定を免れる可能性がある」という予備的勧告が別途出されていた点です。

この「予備的勧告」は、ITCの行政法審判官(ALJ)が出したもので、Appleが施した設計変更後の製品について、当初の侵害判定の範囲外になり得るという見解を示したものです。ただし、これはあくまで「予備的」な段階であり、ITC全体委員会の正式承認を経ていません。つまり、旧型(Series 6)の輸入禁止は確定しつつ、新型については「まだ白黒つかず」という複雑な状態が続いています。

1日違いで「禁止確定」と「新型セーフかも」が出るこの展開は、Appleが巧みに時間を稼ぎながら設計変更で活路を開こうとする戦略の産物とも見えます。

設計変更競争のリアル――特許の「クレーム」を読む重要性

企業が特許侵害を回避するために製品設計を変えることを、業界では「デザイン・アラウンド(design around)」と呼びます。特許権者が守れる範囲は、特許文書の中の「クレーム(請求項)」という箇所で定められており、その文言から外れた設計にすれば理論上は侵害を逃れられます。

Appleが行ったとされる設計変更は、センサのハードウェアではなくソフトウェアのアルゴリズムを変えるというアプローチです。しかし、Masimoの特許クレームがソフトウェア処理にも及ぶと解釈されれば、変更後も侵害と判断される可能性があります。今回の判決は、そのグレーゾーンが完全には解消されていないことを示しています。

また、今回の訴訟でMasimoは200億ドル(約3兆円)規模の損害賠償も請求しています。これは単に1製品の売上を超えた、企業の存続にも関わるレベルの数字です。Appleにとっても、Masimoにとっても、この訴訟は長期戦になることが確実です。

今後の展開と実務上の教訓

ITCがAppleの新設計について正式な判断を下すのは、まだ数か月先になるとみられます。新設計が正式に「セーフ」と認定されれば、血中酸素測定機能を復活させた新型Apple Watchの米国販売が再び可能になります。一方で、侵害が認定されれば、さらなる設計変更か、Masimoとのライセンス交渉に追い込まれるでしょう。

この事件が示す教訓は明快です。特許は「申請して終わり」ではなく、その後の解釈・運用・訴訟を通じて価値が問われ続けます。そして企業にとっては、競合他社の特許ポートフォリオを常に把握し、製品開発の初期段階から侵害リスクを評価することが、今や欠かせない経営戦略の一部となっています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました