米司法省、標準必須特許のFRAND義務を競争法上の「安全弁」と位置づけ——CSISカンファレンスでカレー副長官補が政策立場を表明

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米司法省(DOJ)反トラスト局のディナ・カレー副長官補(Deputy Assistant Attorney General for Antitrust)は2026年3月25日、ワシントンDCで開催された「LeadershIP 2026」カンファレンスにおいて、標準必須特許(SEP)をめぐる反トラスト政策に関する司法省の立場を明示した。カレー副長官補は、FRAND(公正・合理的・非差別的)ライセンス義務を「DOJが標準化プロセスを容認する根拠となる安全弁」と位置づけ、標準化組織(SDO)が課するFRANDコミットメントの重要性を強調した。この発言は、SEPライセンスをめぐる国際的な規制議論が活発化するなかでの重要な政策表明として、知財・競争法の実務家から注目されている。

カレー副長官補の発言が特に注目されるのは、ロイヤリティーフリーの特許コンソーシアムが台頭するなかで、DOJが報酬型のFRANDライセンス枠組みを明示的に支持する姿勢を示した点だ。SEPをめぐっては欧州委員会のSEP規則案が策定される一方、米国政府の立場は必ずしも明確ではなかった。今回の発言はその空白を埋める重要な指針となりうる。

LeadershIP 2026:IPと国家安全保障を論じる年次会議

LeadershIP 2026は、戦略国際問題研究所(CSIS)が主催する知的財産・イノベーション・国家安全保障政策をテーマとした年次カンファレンスで、2026年3月25日に午前9時から午後5時まで、ワシントンDCのCSIS本部で開催された。同カンファレンスには、ディーボラ・ロス下院議員(D-NC)、USPTOのコーク・スチュワート副長官補、トム・ティリス上院議員(R-NC)らが登壇し、米国知財政策の現在地を論じた。

カレー副長官補が登壇したのは、午後3時15分から行われたパネルIV「ストリーミング時代のIP・反トラスト・標準化の交差点(The Streaming Era: The New Intersection of IP, Antitrust, and Standards)」だ。同パネルでは、Sisvelのスティーブ・ジェドリンスキー最高法務責任者(Chief Legal Officer)、サリバン・クロムウェル法律事務所のカイル・マック弁護士らとともに、動画コーデック標準をめぐるSEPライセンスと競争法の関係を議論した。

カレー副長官補の発言:FRANDが「容認の根拠」

カレー副長官補は、新たなロイヤリティーフリー特許コンソーシアムの動向に言及する文脈で、DOJの立場を明確に述べた。「DOJは標準化を許容している。それはFRANDやRANDという安全弁があるからだ」——この発言は、DOJが標準化組織のSEP保有者に課されるFRANDコミットメントを、反トラスト法上の問題を回避する機能的な仕組みとして積極的に評価していることを示している。

標準化プロセスにおいてSEP保有者が生まれる背景には、技術的な必然性がある。通信規格や動画コーデック規格では、業界全体で採用される単一の技術仕様が必要とされる。その仕様に組み込まれた特許がSEPとなり、保有企業は事実上すべての市場参加者に対してライセンスを求める立場を得る。この集中的な権利行使が競争を歪める可能性があることから、SDOはSEP保有者にFRANDレートでのライセンス提供を義務づけてきた。カレー副長官補の発言は、DOJがこのFRAND義務を「競争法上の懸念を解消する条件」として認識していることを明示している。

ロイヤリティーフリーモデルへの暗黙の牽制

カレー副長官補の発言は、Alliance for Open Media(AOM)のようなロイヤリティーフリーの特許プール・コンソーシアムを念頭においたものとされる。AOMはAmazon、Apple、Google、Microsoftらを含む大手テック企業が参加する動画圧縮規格の標準化団体で、AV1コーデックの開発において特許を無償で実施できる枠組みを採用している。

DOJの姿勢は、FRAND原則に基づくライセンス収益化の枠組みを、SEP保有者への適切なインセンティブを維持しながら競争を確保する手段として評価するものだ。ロイヤリティーフリーモデルが特許権者への経済的報酬を極小化するリスクに対し、DOJが一定の懸念を持っていることが読み取れる。これは、大手プラットフォーム企業が推進するロイヤリティーフリー標準化の流れに対する、米国政府からの間接的なシグナルとも解釈できる。

EU・中国のSEP規制動向との対比

米国は、欧州委員会が提案したSEP規則案に対して批判的な立場を取ってきた。EU案は、SEP保有者がFRANDレートを提示する前に、独立機関によるSEP必須性評価を義務づける内容で、特許権者の交渉力を制約するとの批判が米国・日本側から相次いだ。

カレー副長官補の発言は、外部規制による義務化よりも、SDOのFRANDコミットメントという既存の枠組みを通じた競争法上の解決を優先する方針と整合する。このアプローチは、政府が直接的な価格規制に踏み込まず、市場における当事者間のFRAND交渉に委ねるという米国の伝統的な競争政策と一致している。

当ブログが報告してきたように、EV産業においてもSEP・FRANDをめぐる争いが激化しており、標準必須特許の扱いは製造業・通信・デジタル産業を横断する横断的な知財政策課題となっている。通信規格(5G/6G)、動画コーデック、EV充電規格など、標準化が不可欠な技術分野でのFRAND論争は今後さらに複雑化する見込みだ。

今後の焦点:DOJ・USPTO共同声明の内容

IPWatchdogの報道によれば、DOJ反トラスト局はUSPTOと協調した形でSEP関連の政策指針を示す共同声明を予告している。この声明の内容によっては、米国政府のSEP・FRAND政策の方向性がより体系的に示される可能性がある。

特に注目されるのは、DOJが競争法上の「セーフハーバー」としてFRANDを機能させるための具体的な条件を示すか否かだ。また、標準化組織がロイヤリティーフリーモデルを採用する場合に何らかの要件を求めるかどうかも、実務上の重要な論点となる。SEPライセンス交渉、SEP訴訟、そして標準化戦略に携わる知財担当者・弁護士は、今後の動向を注視する必要がある。

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パテント探偵社 編集部

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