バーキンは「形」ではなく「全体観」で守られる——エルメスのトレードドレス戦略と模倣品訴訟

解説・企業分析バナー 企業分析

エルメスのバーキンバッグは、世界で最も認知されたラグジュアリーハンドバッグのひとつである。しかしその法的保護は、特許でも意匠権でもなく、「トレードドレス(商品外観)」という概念に依拠している。バーキンの形状・素材・金具の組み合わせが、消費者の識別力を獲得した商品外観として米国法上の保護を受けるという構造である。2023年に連邦地裁で結審したMetaBirkin NFT訴訟は、このトレードドレス保護がデジタル空間にも及ぶかという新たな論点を提起し、業界に広範な影響を与えた。

トレードドレスとは何か——Lanham法 §43(a)の枠組み

米国のトレードドレス保護は、連邦商標法(Lanham Act)第43条(a)項(15 U.S.C. §1125(a))に根拠を置く。トレードドレスとは、商品や役務の「全体的な外観・印象(total image and overall appearance)」を指し、形状・色彩・素材・パッケージデザイン・店舗のレイアウトなど多様な要素を含む。

トレードドレス保護が成立するための要件は三つある。第一に「識別力(distinctiveness)」——本質的識別力を有するか、または継続的使用を通じた「二次的意義(secondary meaning)」を獲得していること。第二に「非機能性(non-functionality)」——その外観が商品の機能的用途から要求されるものではないこと。第三に「混同可能性(likelihood of confusion)」——被疑侵害品が需要者に出所の混同を生じさせること。

バーキンバッグのトレードドレス主張においてエルメスが最も重点を置くのは、「二次的意義の獲得」と「非機能性」の要件である。バーキンの台形型シルエット、正面中央のクラスプ(留め金)、ストラップと錠前の組み合わせ、素材のテクスチャーといった特徴の組み合わせが、需要者の間でエルメスの出所を識別させる標識として機能するという主張である。

バーキンの誕生と「全体観」による保護

バーキンバッグは1984年、エルメスの最高経営者であったジャン=ルイ・デュマと女優ジェーン・バーキンがパリ発ロンドン便の機内で隣り合わせたことを契機に生まれたとされる。バーキンが「実用的で美しいバッグがない」と語ったことに触発されたデュマが設計を指示し、翌年商品化された。

エルメスは、バーキンについて単一の特許や意匠登録ではなく、商品の「全体的な外観」を構成するトレードドレスとして保護を主張してきた。これは意図的な戦略でもある。特許は存続期間が限られ、意匠登録も有効期限がある一方、商標・トレードドレスは継続的使用と識別力の維持がある限り無期限に保護され得る。エルメスにとって、バーキンの外観保護をトレードドレス理論に乗せることは、40年以上の長期的ブランド管理を可能にする設計である。

模倣品訴訟の実態

エルメスは国内外で多数の模倣品業者に対する訴訟・税関差止を行ってきた。米国では、バーキンのシルエットや素材感を模倣した製品を販売した複数のオンラインセラーやインポーターに対し、連邦地裁においてトレードドレス侵害・商標侵害を主張した。これらの事件の多くは和解で終結しているが、一部では差止命令と損害賠償が認められた記録がある。

バーキンの「二次的意義」は、数十年にわたるエルメスのブランド戦略——製造数の意図的制限、長期ウェイティングリスト、職人手縫いによる製造——によって形成されてきた。エルメスの試算では、バーキンの出所識別力は市場調査においても需要者調査においても高水準にあるとされており、この点が訴訟において有利に働いてきた。

MetaBirkin NFT事件——デジタル空間でのトレードドレス保護の限界

2023年のエルメス対ロスチャイルド事件(Hermès International v. Rothschild, Case No. 1:22-cv-00384-JSR, S.D.N.Y.)は、NFT(非代替性トークン)という新たなデジタル媒体においてトレードドレス・商標保護がどこまで及ぶかを問う先例的事案となった。

アーティストのメイソン・ロスチャイルドは2021年末から2022年初頭にかけて、バーキンバッグをフェイクファーで覆ったデジタルアート作品を「MetaBirkins」と称するNFTとして100点販売し、約110万ドルの収益を得た。エルメスは2022年1月、商標侵害・商標希釈化・サイバースクワッティング(ドメイン名不正取得)を理由にニューヨーク南部地区連邦地裁に提訴した。

ロスチャイルド側の主たる抗弁は、MetaBirkins はバーキンバッグについての「芸術的コメンタリー(artistic commentary)」であり、修正第一条(表現の自由)が商標権に優先するという「ロジャース・テスト(Rogers test)」の適用を求めるものであった。ロジャース・テストは、芸術的作品においては原告の商標への言及が「芸術的な関連性(artistic relevance)」を有し、かつ消費者を「明示的に誤解させるもの(explicitly misleading)」でない限り、Lanham法は適用されないという法理である(Rogers v. Grimaldi, 875 F.2d 994 (2d Cir. 1989))。

2023年2月8日、9人の陪審員は全員一致でエルメスに有利な評決を下した。陪審はMetaBirkins NFTが商標を侵害し、商標を希釈化し、サイバースクワッティングに該当すると認定した。損害賠償額は合計133,000ドル(商標侵害・希釈化による利益吐出し110,000ドル、サイバースクワッティング法定損害賠償23,000ドル)であった。2023年6月には、ジェド・ラコフ判事が永続的差止命令(permanent injunction)を発令し、ロスチャイルドによるMetaBirkins NFTの宣伝・販売・収益化を永続的に禁止した。

本件は、デジタルアート作品がブランド商品の外観を模倣した場合、「芸術的表現」という抗弁が必ずしも機能しないことを示した。特にNFTのように消費者が実際の商品と錯誤を生じやすい媒体においては、商標・トレードドレスの保護がデジタル空間でも及ぶという判断が確立された。

ルイ・ヴィトン・シャネルとの比較——高級品のIP戦略の多様性

高級品ブランドの知財戦略は各社によって異なる重点を持つ。ルイ・ヴィトンは伝統的にモノグラム・キャンバスのパターンを商標登録し、格子柄(Damier)とともに商標とトレードドレスの両面から保護する。LV対Google(AdWords)訴訟(2010年欧州司法裁判所判決)やLVMH対eBay(2008年パリ商事裁判所判決)など、プラットフォーム上の模倣品流通に対して積極的な訴訟戦略を展開してきた。

シャネルは「CC」ロゴの商標登録に加え、キルティングバッグの形状をトレードドレスとして保護する戦略をとる。Chanel Inc. v. Does(複数の無名被告に対するオンライン模倣品訴訟)では、法廷侮辱(contempt of court)手続きを活用して継続的な差止命令違反を追及する手法を確立している。

エルメスの特徴は、製品の「全体的印象」に依拠するトレードドレスの比重が高い点にある。バーキンには登録商標(エルメスの馬車マークなど)もあるが、バッグの形状そのものに対する保護はトレードドレス理論に依拠する部分が大きい。これにより、エルメスは単一の構成要素(ロゴ等)を除去した模倣品に対しても、全体観からの侵害主張を維持できる。

日本における高級品トレードドレス保護

日本においてトレードドレスに直接対応する制度はなく、商品外観の保護は主に商標法上の立体商標、意匠法、および不正競争防止法により行われる。不競法第2条第1項第1号(商品等表示混同惹起行為)は、他人の周知な商品等表示に類似した表示を使用して混同を生じさせる行為を禁じており、機能的に米国のトレードドレス保護に近い役割を果たし得る。

ただし日本の実務においては、「バッグの形状全体」が周知表示として認められる事例は少なく、ロゴ・文字・図形の複合的な要素を欠く純粋な形状保護には高いハードルがある。MetaBirkin事件に相当するNFT・デジタルアートを対象とした国内判例は現時点では確立されておらず、今後の展開が注目される。

まとめ——トレードドレスが示す知財保護の射程

バーキンのトレードドレス戦略が示すのは、形ある物のブランド価値を守るために、特定の構成要素に依拠した権利化(特許・意匠登録)と、全体観に依拠した権利化(トレードドレス・商標)を組み合わせることの有効性である。MetaBirkin事件は、その射程がフィジカルな商品空間を超えてデジタル領域にも及ぶことを確認した。一方で、デジタルアートと商業的模倣の線引きは引き続き訴訟において争われており、ロジャース・テストの解釈をめぐる法的議論は今後も続く。エルメスの一件は、高級品ブランドがデジタル環境でいかに権利を行使するかの先例として、業界全体に参照され続けるだろう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました