2025年12月4日、米国特許商標庁(USPTO)の長官John A. Squiresは、2本のメモランダムを発行し、「Subject Matter Eligibility Declarations(SMEDs)」と名付けた新たな施策を導入しました。この施策は、特許出願人向けのベストプラクティスと審査官向けのガイダンスからなります。同時期、USPTOは前政権時代のAI特許ガイダンスの大部分を廃止し、AI認定発明に対して別個の適格性基準は適用されないとする新フレームワークを確立しました。これらの変更は、米国特許法35 U.S.C. §101に基づくアルゴリズム関連発明の審査実務に根本的な影響をもたらします。
SMEDの構造と出願人の新たな選択肢
SMEDは、出願人が特許適格性(subject matter eligibility)に関する異議に対抗するため、構造化された証拠フレームワークを提供します。出願人が提出可能な証拠は4つの類型に分類されます。
4つの証拠類型
第一に、請求項で記載されるステップが人間の精神では実行不可能であることを示す証拠です。これは、発明がコンピュータ処理に本質的に依存していることを立証します。
第二に、発明がコンピュータ機能または関連技術分野を実質的に改善することを示す証拠です。この類型は、汎用的な演算処理ではなく、特定の技術領域への革新的貢献を明らかにします。
第三に、医療予防および治療ステップが抽象的概念を実用的応用に統合していることを示す証拠です。生医学分野の発明、特に診断・治療方法は、この類型を通じて適格性を確立しやすくなります。
第四に、従来的構成の非従来的な配置が司法例外の領域を超えた大幅な技術改善をもたらすことを示す証拠です。システム構成や処理フローの革新性が重要となります。
Alice/Mayo基準の実務的再構築
米国特許審査における「適格性」判定は、長くAlice v. CLS Bank(2014年)とMayo v. Prometheus(2012年)の二段階テストに依拠してきました。第一段階では請求項が「抽象的概念」「自然法則」「自然の産物」といった司法例外に該当するかを判定し、該当する場合は第二段階で「まとめて考えると(as a whole)」追加要素がこれらの例外を「顕著に超越している」かを評価します。
SMEDの導入により、出願人はこの二段階テストの各段階で客観的証拠、専門家証言、実験結果を体系的に提出できるようになりました。これまで審査官の主観的判断に左右されやすかった局面に、科学的・技術的根拠を直接提示する道が開かれたのです。
AI特許審査政策の転換
2025年11月28日、USPTOが前政権時代のAI特許ガイダンスを大幅廃止したことは、SMEDsの導入背景として重要です。新フレームワークは、AI認定発明に対して「別個の適格性基準は適用されない」と明示しました。つまり、AI技術を用いた発明であっても、従来のソフトウェア発明と同じ基準で評価されることになります。
ただし、これはAI発明の適格性判定が容易になることを直接意味するわけではなく、むしろ単一で一貫性のある基準の下で客観的証拠に基づく審査が求められるということです。SMEDsはこのフレームワーク転換の実務的な実装手段として機能します。
先例判決「Ex parte Desjardins」の先行シグナル
2025年9月26日、特許審判廷(PTAB)の上訴部(APR: Appellate Panel Reconstituted)は「Ex parte Desjardins」事件で注目すべき判断を下しました。この事件ではJohn A. Squires長官自らが加わり、従来は101条違反で拒絶されていた機械学習関連特許の拒絶を取り消しました。この判決はSMEDs導入に先立つシグナルとして機能し、新ガイダンスの方向性を示唆していました。
出願人にとっての実務的インパクト
SMEDsの導入は、特に以下の場面で出願人戦略に影響を及ぼします。
第一に、初期段階での異議対応が強化されます。拒絶理由通知(Office Action)受領時に、構造化された証拠フレームワークに基づいて反論書を作成することで、審査官との実質的な対話が可能になります。
第二に、国際出願戦略における日米同期化が進みます。日本の出願人は米国出願時に、日本出願で提出した実験データや技術解説をRule 132宣言書によるSMED証拠として活用できるようになります。これにより、グローバル出願戦略の効率化が実現します。
第三に、AI・機械学習関連発明の特許性評価が相対的に改善されます。従来は審査官の裁量に委ねられることが多かったAI発明の評価が、客観的証拠に基づく評価へシフトします。
制度設計における注意点
SMEDsの実効性は、出願人がいかに質の高い証拠を準備・提出するかに依存します。漠然とした技術説明や過度な一般化は、新フレームワークでも評価されません。むしろ、具体的な実験結果、技術分野の専門家意見、発明がもたらす具体的な技術効果を定量的に示す必要があります。
また、Thaler v. Vidal事件の判例により、AI自体を発明者として命名することは米国特許法上認められていません。AI関連発明であっても、人間の発明者の認識と創造的寄与が法的に重要であり続けます。SMEDs導入後も、この法的要件は変わりません。
今後の展開と業界への影響
SMEDsは、ソフトウェア・AI特許分野で長年の課題とされてきた「適格性判定の不確実性」を軽減する制度設計です。ただし完全な解決ではなく、出願人による証拠準備の重要性が増すことを意味します。
Morrison & FoersterやVenable LLPなどの知財専門事務所も、2026年におけるSMED戦略の重要性を指摘しており、業界全体で対応方針の検討が進んでいます。
出典
- USPTO公式公表「USPTO Issues New Guidance on Subject Matter Eligibility Declarations」
- IP Watchdog「USPTO Solves U.S. Patent Eligibility Problems」
- Morrison & Foerster「USPTO Puts Subject Matter Eligibility Declarations in the Spotlight」
- Venable LLP「The 101 Reset for 2026: New USPTO Guidance on AI Eligibility and When Early Motions Matter」
この記事について
パテント探偵社 編集部
知的財産の世界で起きている出来事を、ジャーナリズムの手法で報道・分析する独立メディア。特許番号・法的根拠・当事者名を正確に記述しながら、専門家以外にも読みやすい記事を届けています。掲載内容は法的アドバイスではありません。


コメント