AGI時代の知財制度はどう変わるか——AI発明・AI著作物・規制の交点

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人工汎用知能(AGI:Artificial General Intelligence)の時代が近づくにつれ、知的財産制度は根本的な問いに直面している。「発明者」「著作者」という概念は、人間が創作・発明の主体であることを前提に設計されている。しかし、AIシステムが独立して発明を行い、文章・画像・音楽を生成する時代において、この前提は成立するのか。本稿では、AI発明者問題の司法判断、AI著作物の権利帰属問題、特許制度の本質的課題、各国の規制政策との交点、そして知財制度の将来シナリオを分析する。

AI発明者問題:DABUS判決から現在まで

AI発明者問題を象徴するのが、スティーブン・テイラー(Stephen Thaler)博士による一連の訴訟である。テイラー博士は自身が開発したAIシステム「DABUS(Device for the Autonomous Bootstrapping of Unified Sentience)」が自律的に二つの発明を行ったとして、各国特許庁にDABUSを発明者として記載した特許出願を行った。

各国・地域の判断

米国では、USPTO(米国特許商標庁)がDABUS出願を拒絶し、連邦巡回控訴裁判所(Federal Circuit)は2022年8月にThaler v. Vidal(43 F.4th 1207)において「発明者は自然人でなければならない」と判示してテイラー博士の主張を退けた。連邦最高裁は2023年に上告受理を拒否しており、現時点では米国法上AIは発明者になれないというのが確立した解釈である。

英国では、最高裁判所(UK Supreme Court)が2023年12月にThaler v. Comptroller-General of Patents, Designs and Trade Marks([2023] UKSC 49)を判決し、「発明者は自然人または法人でなければならず、AIはいずれでもない」として特許出願を認めない旨を判示した。ただし同判決は、AIが発明する場合にAIの所有者・開発者が発明者として特許を取得できるかどうかという別問題については留保している。

欧州特許庁(EPO)もDABUS出願を拒絶しており、技術審判部は2020年に「発明者は自然人でなければならない」という判断を維持している(T0844/18)。一方、南アフリカは2021年にDABUS出願の特許を認め、オーストラリアの連邦裁判所も一時AIを発明者として認める判決を下したが(Thaler v. Commissioner of Patents [2021] FCA 879)、後に連邦裁判所全員法廷によって覆された。

判断の相違が意味するもの

各国判断の相違は、単なる法律解釈の問題にとどまらない。技術革新が加速し、AIが実質的に発明を主導する事例が増えるなか、「発明者に自然人を要求する」という制度が現実と乖離する問題が顕在化しつつある。2026年時点では、主要特許庁のいずれもAIを発明者と認めていないが、「AIを道具として使用した人間発明者」による特許出願は可能であり、この「人間+AI」の協働発明に関する実務上の基準整備が急務となっている。

AI著作物の権利帰属問題

米国著作権局の立場

米国著作権局(Copyright Office)は2023年3月、「Thaler v. Vidal」とは別のAI著作物事件において、自律的にAIが生成した画像は著作権登録できないという判断を示した(Re: Second Request for Reconsideration for Refusal to Register SURYAST (SR# 1-7150-14432))。著作権局は「著作権は人間の創造性に帰属する」という解釈を一貫して維持している。

2023年2月、画像生成AI「Midjourney」を使用して制作されたグラフィックノベル「Zarya of the Dawn」の一部画像に対する著作権登録について、著作権局はAIが生成した部分については著作権保護を認めないとの判断を下し、人間による選択・配置・テキストの部分のみについて保護を認めた。この判断は、「人間+AI協働」の著作物における保護範囲の基準を示している。

日本・EUの立場

日本著作権法は著作物を「思想又は感情を創作的に表現したもの」(第2条第1項)と定義し、著作者は「著作物を創作する者」(第2条第2項)とされる。AIが自律的に生成したコンテンツは「思想又は感情」を有する主体によって生成されたものではないとの解釈から、著作権保護が認められないのが通説である。ただし文化庁は、AIの出力に対して人間がどの程度関与したかによって著作権保護の有無が変わり得るという柔軟な解釈を示しており、「創作的寄与」の程度が判断基準となる。

EUにおいては、AI著作物の権利帰属に関する統一規則はまだなく、EU AI Act(2024年)は著作権問題を直接規律していない。ただし、欧州議会はAI生成コンテンツへの著作権付与に消極的な立場を示しており、少なくとも自律的AIが生成したコンテンツへの権利付与はない方向でEU内でのコンセンサスが形成されつつある。

特許制度がAI時代に直面する本質的課題

非自明性基準の危機

特許の取得要件の一つである「非自明性(non-obviousness)」(米国法§103、EPC第56条、日本法第29条第2項の進歩性)は、「当業者(person of ordinary skill in the art)にとって自明でないこと」を要求する。AIの進歩により、従来は熟練した技術者が数年かけて解決していた技術的課題をAIが数時間で解決できるようになっており、「当業者」の水準の急激な上昇が従来の非自明性基準を実質的に空洞化させる可能性がある。

2024年に米国連邦巡回控訴裁判所は、AI支援ツールが普及した現代において「PHOSITA(person having ordinary skill in the art)」の能力水準をどのように考えるべきかという問題を検討し始めており、審査実務においてもこの問題への対応が求められている。

先行技術の爆発的増加

AI論文の出願件数はarXiv等のプレプリントサーバーへの投稿件数とともに爆発的に増加している。2024年にarXivに投稿されたAI/ML関連論文は年間50万件を超えており、この膨大な先行技術の中から特許性を有する新規な発明を見出す審査作業のコストは急増している。USPTOはAI支援審査ツールの導入を進めているが、先行技術の爆発的増加への対応はまだ追いついていない。

規制との交点:EU AI Act・米国EO・日本AI戦略

EU AI Act(2024年)

EU AI Act(Regulation (EU) 2024/1689)は2024年8月に施行され、AIシステムをリスクレベルに応じて四段階に分類し、高リスクAIには透明性・説明責任・ヒューマンオーバーサイトを義務づける。知財との交点として、同法はGPTモデルクラスのシステム提供者に対して「訓練に使用した著作物の要約(summary of training data)」の公開を義務づけており(第53条)、これがAI企業の学習データ管理および著作権クリアランスに直接の影響を与える。

米国:大統領令と議会立法の動向

バイデン政権が2023年10月に発令したAI安全に関する大統領令(Executive Order 14110)は、AI安全・透明性・知財保護に関する政府横断的な取り組みを指示した。知財関連の指示としては、USPTOおよび著作権局に対してAI発明者・AI著作物に関するポリシー見直しを求める指示が含まれており、これを受けてUSPTOは2024年にAI発明者問題に関するガイダンスを改訂した。

議会レベルでは、AI著作権に関する複数の立法提案がなされているが、2026年時点では包括的なAI著作権法の成立には至っていない。院内では超党派の合意形成が難しく、AI企業・コンテンツ権利者・学術界の三者がそれぞれ異なる立法方向を支持している。

日本AI戦略と知財政策

日本政府は2023年にAI戦略会議を設置し、AI利活用の推進と知財制度の整備を並行して進めている。内閣府知的財産戦略本部は2024年にAI時代の知財政策パッケージを公表し、①学習データの権利処理の明確化(著作権法30条の4の運用整備)、②AI生成物の権利帰属の整理、③AI発明者問題に関する国際協調、の三本柱を政策方針として示した。日本がAI学習に対して諸外国より開放的な法的枠組みを持つことは、同国のAI産業にとっての競争優位の一つとして機能している。

10年後の知財制度:3シナリオ分析

AGI時代の知財制度は複数の方向性に分岐する可能性がある。以下に、2036年頃までを視野に入れた三つのシナリオを示す。

シナリオA:適応的進化——制度の段階的改革

このシナリオでは、各国の特許庁・著作権局・裁判所が既存の制度の枠内でAIに関する基準を段階的に調整することで、大規模な立法改革なしに制度が適応する。特許については、「AI支援発明」に関する実務ガイドラインが整備され、人間の創造的寄与が認められれば特許保護が認められるという運用が定着する。著作権については、「人間+AI」の協働著作物について人間の選択・判断の関与度に応じた保護範囲の基準が確立する。このシナリオは現在のトレンドの自然な延長線上にあり、最も蓋然性が高い。

シナリオB:制度的断絶——AGI対応の抜本的改革

このシナリオでは、AGIが実現し自律的に科学的発見・技術的発明・芸術的創造を行えるようになる段階で、既存の制度が根本的に機能しなくなることを認め、抜本的な立法改革が行われる。特許については「AI発明者」を認める新規定が設けられ、AI開発企業に特許権が帰属する仕組みが整備される。著作権については「AI生成著作物」に対して一定期間(例:10年)の保護を認める特例規定が創設される。このシナリオの実現には強力な政治的意思と国際的協調が必要であり、現時点では実現可能性は低いが、技術的ブレークスルーによって加速される可能性がある。

シナリオC:コモンズへの回帰——保護縮小型

このシナリオでは、AI技術の急速な普及により知財保護の実効性が低下し、オープンソース・クリエイティブコモンズ的な共有の枠組みが支配的になる。特許は取得コストに見合わないと判断されて出願が減少し、AI発明の主要な保護手段は特許から営業秘密(trade secret)に移行する。著作権は著作物の生成コストが実質的にゼロに近づくなかで、保護期間の短縮や権利の縮小が議論される。このシナリオはAI企業の知財投資回収モデルを根本から変え、ビジネスモデル自体の転換を迫る。

まとめ:制度の非線形な未来

AI・AGI時代の知財制度の未来は、単一の線形なシナリオに収束するものではない。技術の進歩速度、各国の規制判断、主要訴訟の帰趨、そして社会的・倫理的価値観の変化——これらの要因が複雑に絡み合いながら制度の方向性を決定する。

確実に言えることが一つある。知財制度は歴史的に技術革新に遅れて適応してきたが、AIの革新速度は過去のどの技術よりも速く、その汎用性は過去のどの技術よりも広い。制度設計者には、これまでにないスピードと柔軟性での制度適応が求められている。AI知財戦争の最終的な勝者は、技術を持つ企業ではなく、最も賢明な制度を構築した社会かもしれない。


本稿は「AI知財戦争2026」シリーズ第5回(最終回)です。第1回〜第4回もあわせてご覧ください。

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