特許無効審判——成立した特許を「なかったこと」にできる制度の使い方

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特許庁の審査を経て登録された特許であっても、登録後に無効とされることがある。それが「特許無効審判」だ。特許が誤って成立した場合——例えば先行技術を見落として新規性・進歩性の審査が不十分だった場合——に、その誤りを是正するための制度として、特許法123条に根拠を持つ。本稿では、無効審判の申立要件・手続き・効果、米国IPR・欧州EPO異議申立との比較、そして侵害訴訟と並行した無効審判戦略の実態を解説する。

特許無効審判の根拠条文と無効事由

特許法123条1項は、特許無効審判の申立事由を列挙している。主要な無効事由は以下の通りだ。

  • 1号:特許が特許要件(産業上利用可能性・新規性・進歩性等)を満たさない場合
  • 2号:発明の開示が不十分(明細書・クレームの記載要件違反)の場合
  • 3号:条約違反
  • 4号:正当な発明者でない者の出願(冒認出願)
  • 5号:特許権の共有の同意を得ずに持分を処分した場合

実務上最も多く申立てられるのは1号(新規性・進歩性の欠如)と2号(記載要件違反)だ。知財高裁の統計では、無効審判で最も争われる理由は新規性・進歩性に関するものであり、全審判の半数以上を占める。

申立人適格——誰でも申立てられる

特許無効審判は、「何人も」請求できる(特許法123条2項)。侵害者として訴えられた被告、競合他社、研究者、専門機関など誰でも申立人となりうる。ただし1つの例外があり、特許権者自身が冒認出願(不当に特許を取得した場合)を除き自ら無効審判を請求することは通常ない(訂正審判を利用する)。

この「何人も」申立できる原則は、不良特許が市場に残ることを防ぐための公益的観点から設けられている。米国の旧インターフェアレンス制度(2013年以前)が発明者のみに限定していたのとは異なる設計だ。

無効審判の手続きと流れ

無効審判の申立ては特許庁の審判部に対して行う。審判請求書に、無効事由・証拠(先行技術文献等)・理由を記載して提出する。

請求を受けた特許権者は、「答弁書」を提出して反論するとともに、クレームの「訂正請求」を行うことができる(特許法134条の2)。訂正請求は、無効審判の中でクレームを縮小・明確化することで、先行技術との差異を明確にし無効理由を回避しようとするものだ。この訂正が認められるか否かが、審判の結論を大きく左右することが多い。

口頭審理が実施されることもあり(審判規則45条)、申立人と特許権者が証拠・論点を直接応酬する場が設けられる。

審判の結果は「無効審決」または「不成立審決」のいずれかだ。無効審決が確定した場合、特許権は初めから存在しなかったものとみなされる(特許法125条)。この遡及効により、過去の特許権行使(差止・損害賠償)を受けた者が返還請求を起こす可能性もある。

不成立審決(特許を有効と判断する審決)に対しては、審決謄本送達後30日以内に知財高裁に審決取消訴訟を提起できる(特許法178条)。同様に、無効審決に対しても特許権者が審決取消訴訟を提起できる。

JPOの統計によれば、無効審判の平均審理期間は申立から審決まで約12〜14ヶ月だ(2023年度)。

侵害訴訟と並行した無効審判戦略

特許侵害訴訟を受けた被告が採る典型的な防御戦略は、(1)侵害訴訟において無効の抗弁を主張しながら(特許法104条の3)、(2)並行して特許無効審判を申し立てるという二正面作戦だ。

無効審判と侵害訴訟は独立した手続きであり、侵害訴訟における「無効の抗弁」の認定は無効審判を拘束しない(逆も同様)。しかし実務上は、侵害訴訟の判決で特許が有効と認定された場合にも無効審判で争いが続いたり、無効審決が確定した後に損害賠償額の計算が問題になったりと、両手続きは密接に連動する。

知財高裁は、侵害訴訟と無効審判で矛盾する判断が生じることを防ぐため、無効審判の審決の認定が侵害訴訟に及ぼす影響についてのガイドラインを示す判決を積み重ねてきた。特に「確定した審決の既判力」については慎重な議論が続いている。

特許権者による訂正審判——予防的な権利維持手段

特許権者は、無効審判を受ける前でも「訂正審判」(特許法126条)によってクレームを自発的に訂正することができる。ただし訂正審判中は無効審判を申立てることができない(同127条)。無効審判が申立てられた後は訂正審判ではなく無効審判の中での訂正請求(134条の2)を活用することになる。

米国IPRおよびEPO異議申立との比較

米国Inter Partes Review(IPR)

AIA(米国発明法、2011年)により新設されたIPR(インター・パーテス・レビュー)は、特許付与から1年以内に、特許性の争点を特許審判部(PTAB)に申し立てる制度だ。PGR(Post Grant Review:付与後レビュー)は、付与から9ヶ月以内に任意の無効事由で申立てができる。

IPRの特徴は、証拠基準(「証拠の優越」)が裁判所の「明白かつ確信ある証拠」基準より低いこと、そして短期間(目標12ヶ月)で決定が下されることだ。AIA導入後、PATENTはIPRによる無効率が高く(60〜70%)「特許キラー」と呼ばれた時期があったが、近年は審理の精度が向上している。IPRは侵害訴訟と同時並行で進むことが多く、裁判所は侵害訴訟をIPRの結果待ちで中断(Stay)することもある。

欧州EPO Opposition(異議申立)

欧州特許庁(EPO)の異議申立制度は、欧州特許が付与された後9ヶ月以内に第三者が申立てることができる。異議申立の理由は新規性・進歩性欠如・開示不十分等に限られる(EPC Rule 76)。審理はEPOの異議部(Opposition Division)で行われ、決定に対してはEPO審判部(Boards of Appeal)への抗告が可能だ。

EPO異議申立の特徴は、審理中に特許権者が「特許の維持」を求めて補正(Amendment)を行うことができる点だ。補正後の特許が有効と判断された場合、特許は維持(ただし縮小した形で)されることになる。異議申立の結果は、その欧州特許が検認されているすべての国に効力が及ぶ(欧州特許庁レベルの一体的な無効化)という点でEPO異議申立の効率性は高い。

比較項目 日本・無効審判 米国・IPR 欧州・EPO異議申立
申立期限 制限なし(何時でも) 付与から1年以内 付与公告から9ヶ月以内
申立人 何人も 第三者(特定要件あり) 何人も
申立理由 新規性・進歩性・記載不備等 新規性・進歩性(特許文献・刊行物のみ) 新規性・進歩性・開示不十分等
平均審理期間 約12〜14ヶ月 約12〜18ヶ月(目標12ヶ月) 約2〜4年
無効率 約30〜40%(全申立中) 約60〜70%(審理入り後) 約30〜50%

次回(第10回)は、本シリーズの締めくくりとして、ソフトウェア特許・ビジネスモデル特許——「アイデア」がどこまで特許の対象になるかについて、日本・米国・欧州の3地域比較で解説する。

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