米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は2026年4月2日、サイバーセキュリティ企業Centripetal Networks, LLC(セントリペタル・ネットワークス)が保有する米国特許第10,284,526号の特許性を否定した特許審判・審判部(PTAB)の最終書面決定を支持する判決を下した。Keysight Technologies, Inc.(キーサイト・テクノロジーズ)が申し立てた当事者系レビュー(IPR)手続において、シスコ・システムズが公開した製品技術文書が同特許の請求項1を先行開示するとの認定を維持したもので、ラウリー判事が法廷意見を執筆した。本判決は、サイバーセキュリティ分野の特許実務において、ベンダー技術文書の先行技術としての位置づけと請求項解釈の幅に関する重要な先例を形成する。
本件の対象特許(’526特許)は、ネットワーク上を流れるデータパケットを選択的に復号し、その内容を分析した上で対応する処置を実行し、その後パケットを意図した宛先に転送するシステムおよび方法に関するものである。サイバーセキュリティ製品の製造・販売を手掛けるCentripetal Networksは、同社製品に対してキーサイトとの間で紛争が生じたことを契機に、特許権侵害を主張した。これに対しKeysightはPTABに対して当事者系レビューの申立てを行い、請求項1が先行技術によって予め開示されている(先行開示、anticipated)として無効を主張した。PTABは2024年の最終書面決定においてこの主張を認め、請求項1を特許性なしと判断した。Centripetal Networksは連邦巡回区控訴裁判所に上訴した。
PTABが先行技術として認定した文書は、シスコ・システムズが公開した「IronPort AsyncOS 7.1 ユーザーガイド」(IPUG)である。CentripetaはIPUGが「印刷刊行物」として公衆に利用可能な状態にあったとの認定を争った。しかしCAFCは、ウェブアーカイブの証拠および当該技術分野の通常の技術者がベンダーの技術文書を参照するという専門家証言を根拠として、IPUGが’526特許の優先日前に公開されており先行技術として機能すると判示した。ベンダーが製品に関して公開するマニュアルや設定ガイドが先行技術として認定される傾向は従来から存在するが、本判決はその枠組みをサイバーセキュリティ製品の領域においても明確に適用したものである。
請求項解釈をめぐっては、請求項1に含まれる「対応する処置を実行すること(performing a corresponding action)」という要素の解釈が争点となった。Centripetaは、PTABがこのフレーズを過度に広く解釈し、パケットの「通過許可(allowing)」をも「処置」に含めたことが誤りであると主張した。この解釈を認めると、「送信」ステップが冗長になるとも論じた。CAFCはこの主張を退けた。同裁判所は、パケットを「通過させること」は「ブロックすること」の対極にある行為であり、適法な「処置」に該当すると判示した。さらに、再暗号化と送信とは「対応する処置」の実行後に生じる別個のステップであり、送信ステップが余剰になるとの解釈は成立しないと説明した。
先行開示の判断について、CAFCはIPUGが請求項1の構成要素すべて——パケットの許可・ブロック・リダイレクト、再暗号化、意図した宛先への送信——を開示していると認定した。具体的には、IPUGに記載されたシスコのメール・セキュリティ・アプライアンスの動作フローがこれらの要素を満たすと判断された。Centripetaの反論はすべて採用されず、PTABの認定には十分な証拠的裏付けがあるとCAFCは結論付けた。
本判決が実務に与える含意は二つある。第一に、ベンダーが製品販売時に配布または公開するユーザーマニュアル、設定ガイド、および技術仕様書は、IPR手続における先行技術として積極的に活用され得ることが確認された。アーカイブされたウェブページと専門家証言を組み合わせることで、文書の公衆可用性を立証できることも示された。第二に、サイバーセキュリティ特許に特有の「パケット処理」「フロー分析」「暗号・復号処理」に関する請求項は、既製品のマニュアルが先行技術として機能する場合、広い文言ほど無効リスクにさらされるという教訓が得られる。出願人および特許権者は、請求項に具体的な技術構成を盛り込み、一般的な操作フローとの差別化を図ることが求められる。
Centripetal Networksはネットワーク・セキュリティ技術に関する特許ポートフォリオを多数保有し、大手テクノロジー企業を含む複数の訴訟を過去に提起してきた経緯がある。今回の判決は同社の特許権行使戦略に一定の影響を及ぼす可能性がある。Keysight Technologiesは計測・ネットワーク分析機器の主要メーカーであり、セキュリティ試験ツールの分野でCentripetaの特許との重複が問題となっていた。CAFCによる本判決をもって、当該IPR手続は終結した。
IPR制度は、PTABの統計によれば近年もサイバーセキュリティ関連特許の検証において活発に利用されている。本件はその中でも、製品マニュアルという比較的身近な文書が先行技術として機能し得ることを示した事例として、特許実務家の間で参照されることになるだろう。
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パテント探偵社 編集部
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