特許出願から登録まで——審査・拒絶理由・補正・審判の全プロセス

解説・企業分析バナー 特許解説

特許権を取得するためには、特許庁に出願してから登録されるまでの一連の手続きを経なければならない。このプロセスは「特許prosecutionプロセクション(特許取得手続き)」とも呼ばれ、通常1〜5年の期間を要する。本稿では、出願から登録(または拒絶)に至るまでの各ステップを、法的根拠・費用・期間の実数値とともに体系的に解説し、日米欧の制度比較も行う。

ステップ1:特許出願——発明の権利化の起点

特許出願は、特許庁長官に願書・明細書・特許請求の範囲・要約書・図面(必要な場合)を提出することで開始される(特許法36条)。この出願日が、存続期間の起算点(20年)となり、新規性・進歩性の判断基準日ともなるため、権利化戦略上きわめて重要な日付だ。

出願書類の中で最も重要なのが「特許請求の範囲(クレーム)」だ。ここに記載された内容が権利の外延を画する。クレームは独立クレームと従属クレームで構成されるが、詳細は本シリーズ第5回に譲る。「明細書」には発明の詳細な説明を記載し、「当業者が実施できる程度」の開示が求められる(実施可能要件、36条4項)。

出願費用(特許庁への特許印紙代)は、クレーム数によって変動する。特許庁の料金表(2024年度)によると、基本手数料は1万4,000円であり、クレーム1項につき1,700円が加算される。これに加え、弁理士に出願を依頼する場合には弁理士費用(一般的に20〜50万円程度)が別途かかる。

パリ条約優先権の活用

最初の特許出願(基礎出願)から12ヶ月以内であれば、パリ条約(1883年)に基づく優先権を主張して外国出願が可能だ(特許法43条)。優先権を主張した出願は、基礎出願の日が新規性・進歩性の判断基準日となる。この12ヶ月の優先期間は、外国展開の可否を検討しながら出願戦略を練る重要な期間となる。

ステップ2:出願公開——18ヶ月後の強制開示

出願から1年6ヶ月(18ヶ月)が経過すると、特許庁は出願内容を特許公報に公開する(特許法64条)。これを「出願公開制度」という。秘密が保持されたまま独占権が付与されることを防ぎ、第三者が技術情報を早期に入手して自己の研究開発に利用できるようにするための制度だ。

出願公開により、出願人は「補償金請求権」を取得する(65条)。これは、公開後に出願発明を業として実施した者に対し、登録前でも補償金(実施料相当額)を請求できる権利だ。ただし実際に請求できるのは特許登録後からであり、登録前の侵害行為への遡及請求という性質を持つ。

出願人が出願公開前に出願を取り下げると、内容は公開されない。競合他社に技術を開示しないために、戦略的に出願を取り下げてノウハウ(営業秘密)として保持するという選択もある。

ステップ3:審査請求——3年以内に行使すべき権利

日本の特許制度は「審査請求制度」を採用しており、出願しただけでは実体審査は始まらない。出願日(優先権主張の場合は優先日)から3年以内に審査請求をしなければ、出願は取り下げ擬制となる(特許法48条の3第4項)。

この制度の目的は、実体審査が必要かどうかを出願人自身が判断できる機会を与えることにある。市場の変化や競合状況を見ながら、審査を進めるか否かを3年間検討できるという柔軟性がある。審査請求費用は、クレーム数により算定され、基本額13万8,000円にクレーム1項あたり4,000円が加算される(2024年度)。

審査請求後の平均審査着手期間は、特許庁の2023年度統計によれば約7.8ヶ月(全技術分野の平均)だ。情報通信・バイオテクノロジーなど出願件数が多い分野は待機時間が長くなる傾向がある。早期審査制度(特許法48条の6)を利用すれば、一定の条件を満たす場合に審査が最短2ヶ月程度に短縮できる。

ステップ4:実体審査——新規性・進歩性・記載要件の審査

審査官は、出願発明の新規性・進歩性・産業上利用可能性・記載要件(明確性・十分開示性・サポート要件)を審査する。先行技術調査を行い、内外国の特許文献・非特許文献(学術論文、製品カタログ等)が調査対象となる。

審査の結果、問題が発見された場合、審査官は「拒絶理由通知」を発する(特許法50条)。拒絶理由通知は権利化プロセスにおける事実上の「交渉の場」の始まりであり、受領した出願人は指定期間内(通常は通知日から60日、延長可能)に対応しなければならない。

ステップ5:拒絶理由通知への対応——意見書と補正書

出願人は拒絶理由通知に対し、(1)意見書(審査官の判断に対する反論)、(2)手続補正書(クレームや明細書の補正)、またはその双方を提出することができる。

意見書では、引用例との差異を法的・技術的に論証し、進歩性の肯定、動機付けの欠如、顕著な効果の存在などを主張する。補正書では、クレームに限定的な技術的特徴を追加することが一般的だ。ただし補正には制約があり、出願当初の明細書等に記載された範囲を超える「新規事項の追加」は認められない(17条の2第3項)。

JPOの統計では、拒絶理由通知後に意見書・補正書の提出によって査定(登録または拒絶)に至るまでの平均期間は、第一次拒絶理由通知の発出から約8ヶ月程度とされている。

ステップ6:登録査定または拒絶査定

審査官が出願を特許として認める場合は「登録査定」が、認めない場合は「拒絶査定」が発される。登録査定後、所定の設定登録料を納付することで特許権が発生する(特許法66条)。設定登録料は第1〜3年分として6,300円+クレーム数×500円(2024年度)。その後、年度ごとに維持年金(年金)の納付が必要となる。

拒絶査定を受けた出願人は、査定謄本送達日から3ヶ月以内に審判を請求できる(特許法121条)。

ステップ7:拒絶査定不服審判と知財高裁への上告

拒絶査定不服審判は、特許庁の審判部(3人または5人の審判官合議体)による再審査だ。審判では新たな補正も可能であり、審査段階より広い視野で審理される。審判の平均審理期間は約14ヶ月(2023年度)とされる。

審判での拒絶審決(審判でも登録が認められない決定)に対しては、30日以内に知的財産高等裁判所(知財高裁)に審決取消訴訟を提起できる(特許法178条)。知財高裁は特許・商標・著作権等の知財専門裁判所であり、2005年に東京高裁から独立した。知財高裁の判決に対しては最高裁への上告が可能だが、許可されることは稀だ。

日米欧の制度比較

項目 日本(JPO) 米国(USPTO) 欧州(EPO)
出願公開 出願から18ヶ月後 出願から18ヶ月後(国内のみ出願の場合は非公開選択可) 出願から18ヶ月後
審査請求 出願から3年以内 自動開始(請求不要) 自動開始(請求不要)
先願主義 先願主義(最初に出願した者優先) 先発明者優先(AIA以前)→先願主義(AIA後、2013年〜) 先願主義
平均審査期間 約9.5ヶ月(第一次審査結果まで) 約16ヶ月(RCE含む最終処理まで29ヶ月) 約18〜24ヶ月
異議申立期間 登録から6ヶ月以内 IPR:特許付与から1年以内 付与公告から9ヶ月以内

米国特許商標庁(USPTO)では審査請求が自動的に開始されるが、審査保留(Track 1 Prioritized Examination)や自発的な审査加速プログラムを活用することで期間を短縮できる。欧州では、単一のEPO出願が付与されると、各国への「検認(validation)」手続きにより複数のEU加盟国での保護が可能になる。2023年に開始した欧州単一特許(Unitary Patent)制度により、1つの付与決定で最大17ヶ国で効力を持つ統一特許を取得できるようになった。

次回(第5回)では、特許の「クレーム(請求項)」——権利範囲を定める最重要文書——の構造、読み方、解釈の実務を詳しく解説する。

コメント

タイトルとURLをコピーしました