トランプ大統領は2026年4月2日、「米国への医薬品および医薬品成分の輸入調整に関する大統領令(Adjusting Imports of Pharmaceuticals and Pharmaceutical Ingredients Into the United States)」に署名した。同大統領令は、米国向け特許医薬品を輸出しながら国内製造を行っていない製薬企業17社を対象に、最大100%の関税を120日間の移行期間をもって課すものである。特許権に基づく市場独占が外国製造に依存する形で維持されているとして、知的財産制度と通商政策を直接結びつけた異例の措置として注目されている。
対象企業にはAbbVie、Bristol Myers Squibb、Gilead Sciences、Novartis、Novo Nordiskなど大手製薬企業17社が含まれる。これらの企業は、特許保護の下で高価格の専売医薬品を米国市場に供給しながら、製造拠点を米国外に置いていることが問題視された。大統領令は、こうした企業が120日以内に米国内での製造にコミットすれば20%の軽減税率が適用されるとしている。ただし、この優遇措置には条件が付されており、4年以内に最恵国待遇(Most-Favored-Nation)価格——米国消費者への販売価格を他国と同水準に合わせる価格設定——にも同意しなければ、税率は最終的に100%まで引き上げられる仕組みとなっている。
知財法の観点から見ると、本大統領令は特許権者が享受する市場独占と、その独占を支える製造地の所在を連動させようとする初めての本格的な政策介入となる。米国特許法は製造地を権利行使の要件とはしていない。特許権者は米国特許(United States Patent)を保有しさえすれば、製品の製造場所に関わらず輸入品に対して侵害主張を行うことができる(35 U.S.C. § 271(g)参照)。今回の大統領令はこの法的構造を直接変更するものではなく、通商政策上の関税措置として位置づけられているが、結果として特許保護のメリットを国内製造の実施と実質的にリンクさせる効果を生む。
製薬業界は、特許制度によって保護された研究開発投資の回収が関税措置によって圧迫されるとして反発する可能性がある。特許付与はWTO・TRIPS協定上の国際義務であり、特許権に基づく市場独占を通商措置によって実質的に制限することが協定との整合性を持つかどうかについては、通商法・知財法の専門家から疑義が示されている。特に、独創的医薬品の特許保護期間中に輸入関税を課すことが「TRIPS第28条(特許権者の独占的実施権)」や「第30条(例外規定)」との関係でどう評価されるかは今後の論点となる。
通商政策の文脈では、今回の大統領令はSection 232(国家安全保障を根拠とする輸入制限)またはSection 301(不公正貿易慣行への対抗措置)の枠組みを援用している可能性があるが、法的根拠の詳細については引き続き検討が必要とされている。製薬企業にとっては、米国内製造への投資決定が特許戦略・ライセンス戦略と不可分に絡み合う新たな経営環境への対応が求められる。
日本の製薬企業も対象となる可能性を排除できない。AstraZenecaやNovartisのように日本でも事業展開するグローバル製薬企業が対象リストに含まれている場合、日本の提携先や後発医薬品企業への間接的な影響が生じる可能性もある。また、バイオシミラー(バイオ後続品)産業や医薬品原料の国際サプライチェーンへの影響も注視される。
大統領令の120日移行期間が終了する2026年7月末に向けて、対象企業の製造再配置計画の表明や、政府との交渉・訴訟の動向が注目点となる。特許権と製造義務を事実上結びつけるこの政策の方向性が恒久化した場合、医薬品知財をめぐる国際的な法的秩序に与える影響は小さくない。

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