グーグル合同会社(Google LLC)は2026年4月27日、米国特許商標庁(USPTO)特許審判部(PTAB)が採用する「正当期待(settled expectations)」理論に基づくIPR(当事者系再審査)申立拒否の適法性を問う上告受理申請書(certiorari petition)を連邦最高裁に提出した。申請の対象は、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)が2026年1月27日に同理論に基づくPTABの審理拒否に対する職務執行令状(mandamus)請求を否定した決定(In re Google LLC, No. 2026-111)である。
「正当期待」理論とは何か
「正当期待」理論は、2025年にPTABの審長(Director)主導による一連の機関内決定を通じて形成された裁量的拒否理由である。その骨子は、特許が付与されてから6年以上経過した場合、特許権者には当該特許が継続して有効である旨の「正当な期待」が生じており、IPRの申立によりその期待を覆すことは審長の裁量権の範囲内で拒否できるというものである。
本件では、グーグルが2025年1月にVirtaMove, Corp.の特許(2010年付与)を対象としたIPR申立を行ったところ、PTABは「当該特許が14年以上にわたって権利行使可能な状態であり、強い正当期待を生み出している」という単一の理由でIPRの審理を拒否した。VirtaMoveはアプリケーションマイグレーション技術を開発する中小ソフトウェア企業であり、同特許はグーグルを含む複数の大手IT企業を対象とした特許訴訟で行使されている。
上告申請の論点
グーグルの申請書は、二つの相互に関連する法的問題を提示している。
第一の問題は、USPTOがアメリカ発明法(AIA)の明文規定に存在しない時効類似の制限を創設する法的権限を有するか否かである。IPRは特許の存続期間中いつでも申立てることができる旨をAIAが定めているにもかかわらず、PTABが付与から6年経過を独自の制限期間として創設したことはAIAに反するとグーグルは主張する。すなわち、行政機関が「議会の書いた法律を補完する形で」みずから時効期間を創出したに等しいというのがグーグルの議論の核心である。
第二の問題は、こうした行政機関による裁量的拒否が司法審査の対象になるか否かである。最高裁が2024年に下したLoper Bright Enterprises v. Raimondoにより、裁判所は行政機関の法律解釈に対する敬譲(シェブロン原則)を放棄した。グーグルは、この文脈において、行政機関が法律上の権限を超えると申立人が主張する審理拒否に対し、第三条裁判所(連邦裁判所)が審査権を保持するかどうかが問われると主張する。
IPR申立件数の激減という背景
本件が最高裁で取り上げられるかどうかは現時点で不明だが、訴訟実務への影響は既に顕在化している。2026年5月2日時点のデータによれば、直近4週間のIPR申立件数はわずか11件にとどまり、2012年のIPR制度開始以来最低の週次推移を記録した。「正当期待」理論の採用が申立人側の行動を大きく変えていることは統計上も明白である。
IPRは2012年の制度創設以降、発行済み特許クレームに異議を申し立てる中心的な手続きとして定着してきた。テクノロジー大手を含む特許被疑侵害者にとって、訴訟前または訴訟と並行したIPRは費用対効果の高い無効化手段であった。「正当期待」理論はその利用可能性を大幅に制限し、発行後6年以上経過した特許については事実上のIPR審理を阻む可能性がある。
実務上の意義
最高裁が上告を受理した場合、IPR制度の根幹に関わる判断が示される可能性がある。受理されない場合でも、「正当期待」理論はCAFCおよびPTABレベルで継続的に適用される見込みであり、特許被疑侵害者は早期のIPR申立を従来以上に重視する戦略的対応を求められる。
日本企業を含む多国籍企業が米国で複数の特許訴訟リスクを抱えている場合、今後は「当該特許が付与後6年以内か否か」が訴訟戦略を左右する判断軸の一つとなり得る。特許ポートフォリオ管理においても、相手方特許の付与年と現時点でのIPR申立可能性を定期的に評価することが重要性を増すだろう。
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パテント探偵社 編集部
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