米国通商代表部(USTR)は2026年4月30日、2026年版スペシャル301条報告書(Special 301 Report)を公表した。同報告書は、知的財産権(IP)の保護と執行に関して問題が認められる国・地域を毎年格付けするものであり、今回の報告書では二つの大きな変化が注目される。ベトナムが13年ぶりに最も厳しい区分「優先国(Priority Foreign Country、PFC)」に指定されたほか、欧州連合(EU)が2006年以来初めて「ウォッチリスト(Watch List)」に加えられた。
スペシャル301条報告書とは
スペシャル301条報告書は、1974年通商法301条および1988年総合通商競争力法に基づき、USTRが毎年公表する年次評価報告書である。知的財産権の保護・執行が不十分と判断される国を「優先国(PFC)」「優先ウォッチリスト(Priority Watch List)」「ウォッチリスト(Watch List)」の三段階に分類し、貿易交渉や場合によっては制裁措置の根拠として用いる。
最も深刻な区分であるPFCに指定された場合、USTRは指定から30日以内に301条に基づく調査を開始するか否かを決定しなければならない。調査が開始されれば、追加関税その他の通商上の制裁措置につながる可能性がある。
ベトナムのPFC指定——13年ぶりの最高区分
USTRは今回、ベトナムが長年にわたるIPの保護・執行上の懸念を解消できていないとして、同国をPFCに指定した。PFCの指定は2013年以来13年ぶりとなる。
報告書がベトナムに対して挙げた主な問題点は次のとおりである。
第一に、オンライン海賊行為・偽造品に対する執行の持続的な不備である。USTRは、ベトナム当局が職権による国境差し止め権限(ex officio authority)を保有しているにもかかわらず、実際の執行が不均一にとどまっていると指摘した。
第二に、放送信号盗用に対する刑事罰の不在である。信号盗用に対して刑事制裁を課す仕組みが整備されておらず、違法ストリーミングサービスに対する抑止力が欠けている点が問題視された。
第三に、越境ECおよびライブコマースを通じた偽造品流通の拡大への対処不足である。食品やサプリメントを含む危険な偽造品がECプラットフォームやライブ配信販売を通じて流通しており、ステークホルダーからの報告が相次いでいると報告書は記した。
PFC指定を受けて、USTRはハノイ政府に対して正式な協議要請を行い、問題の解決を求める手続きを開始する見通しである。調査が開始された場合、両政府は60日間の協議期間を経て解決策を模索し、合意に至らない場合には追加関税等の措置が検討されることになる。
EUのウォッチリスト追加——2006年以来初めての掲載
EUは今回、20年ぶりにウォッチリストへ復帰した。先進国・地域がウォッチリスト入りすることは異例であり、米欧間のIP摩擦が通商政策の文脈で再び表面化したことを示す。
USTRがEUに対して挙げた懸念事項は主に三点である。
一点目は、EU一般医薬品法制(EU General Pharmaceutical Legislation)の暫定合意に含まれる特許データ保護規定に関する問題である。USTRは、この規定が革新的製薬企業の独占的データ保護期間を弱体化させるとして懸念を表明した。
二点目は、地理的表示(GI)に関する規定である。USTRは、EUのGI制度が「喚起(evocation)」概念などを通じて米国産品が広く使用してきた一般名称の利用を不当に制約しており、市場アクセスを阻害していると主張した。欧州産チーズや農産品の呼称をめぐる問題は長年の米欧間の対立点であり、今回の報告書はこの懸念を正式に記録したものといえる。
三点目は、デジタル著作権に関する立法の実施状況への懸念である。具体的な立法名は明示されていないが、プラットフォーム事業者の責任範囲や著作権管理に関するEU域内での法制化の動向が念頭に置かれているとみられる。
優先ウォッチリストおよびその他の変更
優先ウォッチリスト(Priority Watch List)には引き続き、チリ、中国、インド、インドネシア、ロシア、ベネズエラの6カ国が掲載された。このうち中国については、技術移転の強制、営業秘密の侵害、偽造品の大量製造・輸出に関する懸念が継続して指摘されている。インドは医薬品特許の保護水準と強制実施許諾の運用に関して問題が続いているとされた。
一方で前向きな変化もある。アルゼンチンとメキシコはIP政策面での改善が評価され、優先ウォッチリストからウォッチリストに格下げ(緩和)された。ブルガリアはウォッチリストから削除された。
実務上の示唆
スペシャル301条報告書はそれ自体に直接的な法的強制力はないが、通商交渉のアジェンダ設定と301条調査の前提として機能するため、実務上の意義は大きい。
ベトナムを製造拠点・市場として活用する日本企業にとっては、今後の米越協議の行方と制裁措置の有無を注視する必要がある。また、ベトナム国内での知財執行体制の現状を改めて確認し、偽造・模倣対策の実効性を検証する機会でもある。
EU市場において医薬品・農産品・デジタルコンテンツを手がける企業は、GI規定の動向や医薬品データ保護をめぐる米欧間交渉の結果が自社のIP戦略に与える影響を評価することが求められる。
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パテント探偵社 編集部
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