英国高等法院、サムスン電子にZTEへ3億9,200万ドルのFRAND支払いを命令——輸出規制を「非FRAND要素」として考慮

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英国高等法院(特許部)は2026年5月1日、サムスン電子(韓国)と中興通訊(ZTE、中国)の標準必須特許(SEP)クロスライセンスを巡るFRAND訴訟で、サムスン電子に対しZTEへ3億9,200万米ドル(約600億円)の一時金支払いを命じる判決を下した。リチャード・ミード判事(Mr Justice Richard Meade)が言い渡したもので、両社の2021年クロスライセンス契約の更新条件を巡る争いに法的な決着をつけた。

本件は、Samsung Electronics Co. v. ZTE Corp.([2026] EWHC 999 (Pat))として処理された。サムスンが2024年12月にロンドンで訴訟を提起し、2021年に締結された両社のポートフォリオライセンス契約の更新条件(FRAND条件)の確定を求めていた。両社はライセンス契約自体を更新することには合意していたが、対価の水準について折り合えなかった。ZTEは7億3,100万ドルを要求し、サムスンは2億ドル以下を主張していた。

裁判所が3億9,200万ドルを「FRAND」と判断した理由

ミード判事は、両者の主張の中間に位置する3億9,200万ドルを「FRAND(公正・合理的・非差別的)に合致する」と認定した。サムスンが純額の支払者となるのは、両社のうちスマートフォン販売台数が圧倒的にサムスンに偏っているためであり、クロスライセンスの経済価値の差を反映した「バランシング・ペイメント」として算出された。本件の争点はSEP個別の有効性や侵害ではなく、両者のSEPポートフォリオを相互に使用させる場合の対価水準であり、英国裁判所は世界市場での実施規模を主要な算定基準として採用した。

本判決で注目されたのは、いわゆる「非FRAND要素」の取り扱いである。ミード判事は、米国の輸出規制によりZTEが米国市場から事実上排除されているという事情が、ZTEのライセンス交渉力を弱める方向に作用すると指摘した。標準必須特許のポートフォリオ価値そのものは中立的に評価しつつも、輸出規制という国家安全保障上の措置が当事者間の交渉ダイナミクスに影響を与えていると認め、ZTEが主張した7億3,100万ドルを採用しなかった理由の一つとして挙げた。ZTEは2018年以降、米国商務省のエンティティ・リスト掲載や追加的な輸出許可要件によって、米国オペレーター向けの基地局・端末事業を大幅に縮小せざるを得なくなった経緯がある。本判決は、この事業上の制約が訴訟外で形成されたであろう市場価格にも反映されるべきだと判断した。

並行訴訟と英国判決の射程

サムスンとZTEはロンドン以外の法域でも複数の訴訟を抱えている。ZTEは中国、ドイツ、ブラジルでサムスンを相手取って提訴しており、各地で侵害責任の有無やライセンス料水準の判断が個別に進行している。英国高等法院の今回の判決は、グローバルなクロスライセンスのFRAND条件を一括して認定する形式を採っているため、各国の並行訴訟への影響が注視される。

英国裁判所は、Unwired Planet v. Huawei(2020年最高裁判決)以降、グローバル・ライセンスのFRAND条件を世界で一括して判断する権限を行使してきた。本件もその系譜にあり、英国がSEP紛争の事実上の国際フォーラムとして機能していることを改めて示した。中国の裁判所も近年、対抗的な反禁訴令(anti-suit injunction)や独自のFRAND算定を打ち出しており、英国判決と中国判決がどのように調整されるかは、グローバル・ライセンス交渉における重大な不確実性として残る。

FRAND算定における「非FRAND要素」の重み

従来の英国FRAND判例は、比較ライセンス分析(comparables analysis)、トップダウン分析、SEPポートフォリオの相対的強度といった経済的・技術的指標を中心に料率を算定してきた。本判決はそれらの伝統的手法を踏まえつつ、地政学的なリスクと貿易制限が交渉力に与える影響を独立した考慮要素として明示的に組み込んだ点で、SEP法制の議論に新たな論点を加えた。

この枠組みは、貿易制裁や輸出規制の下にあるSEP保有者一般にとって不利な前例となりうる。中国系の主要なSEP保有者は、ファーウェイ、ZTE、シャオミなどが代表的であり、これらの企業が欧州でSEPライセンスを交渉する際、被ライセンス側が「英国Samsung v. ZTE判決の枠組みに従えば、輸出規制の影響を勘案して料率を引き下げるべきだ」と主張する展開が想定される。

逆に、ライセンサー側からは「非FRAND要素を取り込むことは、SEPの本質的な技術価値とは無関係な政治的判断を司法判断に持ち込むものであり、FRAND義務を不当に変質させる」との批判も予想される。本判決が控訴審で支持されるか、あるいは枠組みが修正されるかは、SEPライセンス市場全体にとって重要な意味を持つ。

英国の役割と国際的フォーラム選択

SEPライセンス紛争において、当事者がどの国の裁判所で争うかは結論に大きく影響する。英国はUnwired Planet v. Huawei最高裁判決以降、グローバル・ポートフォリオのFRAND条件を一括認定する権限を確立しており、被告のライセンス料を世界規模で確定できる「ワンストップ」フォーラムとして利用されてきた。InterDigital v. Lenovo、Optis v. Apple、Mitsubishi v. OPPOといった先行事例も同様の構造で、世界全体のレート決定を英国で行う実務が定着しつつある。

これに対し、中国の裁判所も2020年代以降、グローバル・ライセンスのFRAND条件を独自に算定する判断を示しており、英国裁判所と中国裁判所が同一の特許ポートフォリオに対して異なる料率を認定する事例も発生している。本件Samsung v. ZTEは、サムスンが英国を選好して提訴した一方、ZTEは中国・ドイツ・ブラジルで対抗訴訟を提起しており、フォーラム選択を巡る戦略的駆け引きの典型例といえる。

業界への含意

本判決は、ZTEが要求額の半分強しか得られなかった一方、サムスンも当初主張の2倍近い金額を支払うことになる。両社とも控訴権を保持しており、上訴審に進む可能性も残されている。

3億9,200万ドルという金額そのものは、近年のSEPライセンス事例の中でもグローバル・ポートフォリオ単位の認定額として注目される水準であり、ライセンス交渉に臨む製造業各社のレートカード再評価を促す可能性が高い。携帯端末メーカーだけでなく、コネクテッドカー、IoT機器、産業機器など5G・LTEセルラー接続を組み込むあらゆる業界が、本判決の料率水準を参照点として用いる可能性がある。

当事者の今後の対応

判決後、サムスン・ZTE両社ともコメントを発表していない。控訴期限内に上訴が提起されるか、または並行訴訟との関係でどのように決着が図られるかが当面の焦点となる。

本件は、英国裁判所におけるグローバルFRAND判決の蓄積に新たな先例を加えるとともに、輸出規制という非FRAND要素を裁判所がどこまで料率算定に取り込みうるかという論点を提示した。今後、欧州統一特許裁判所(UPC)や米国連邦地方裁判所におけるFRAND算定との整合性についても、実務家の間で議論が広がる見込みである。中国の裁判所が異なる料率を独自に認定した場合、当事者間でどちらの判決を執行するかという国際私法上の問題も浮上する可能性があり、SEPライセンス紛争の解決枠組み全体に与える影響は大きい。

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パテント探偵社 編集部

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