USPTOスクワイア長官、IPR訴訟戦術利用に歯止め——Magnolia Medical事件で先例的長官裁量却下を発出

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米国特許商標庁(USPTO)のジョン・スクワイア長官は2026年5月14日、当事者系レビュー(IPR)の申立てを裁量により却下する長官決定を発出し、これを先例的(precedential)に指定した。決定はMagnolia Medical Technologies社が特許権者となった事案について出されたもので、長官は「並行訴訟で陪審評決を得られなかった当事者が、同じ無効主張をUSPTOで再度争うことは認められない」と明示した。米国知財コミュニティが「IPRをめぐる方針転換」と評する流れの中でも、ひときわ強い踏み込みとなる。

長官決定は3月23日に出した却下通知(Notice of Denial)の理由を、当事者系レビュー制度の運用全般に及ぶ判断枠組みとして書き下したものだ。スクワイア長官は、改正特許法(America Invents Act, AIA)が定めた当事者系手続は「訴訟の代替」として議会が設計したものであり、特許権者への嫌がらせや訴訟戦術の道具として用いることを意図していないと指摘した。そのうえで、PTAB発足から15年分の統計を踏まえて以下6点をAIA手続の発動可否判断の柱に置くと整理した。

第1に、AIA手続は訴訟の代替であって嫌がらせの手段ではない。第2に、連続申立て(serial petitions)、他のフォーラムで敗訴した後の追加申立て、フォーラム間で主張を矛盾させる行為は制度の濫用を示す。第3に、申立人の属性として、米国内事業の規模と中小企業性(small business status)は重要な考慮要素である。第4に、AIA手続は私的紛争解決よりも公益(public interest)を志向した制度であり、私的争訟は本来連邦地裁の領分である。第5に、特許の有効性に対する裁判所の審査範囲はUSPTOの審査範囲より広い。第6に、長官裁量に関する申立て・応答の双方は、公益要素について明示的に論じるべきである。

長官はとりわけ「特定の市場支配的企業が制度を専有している」点を問題視した。決定文によれば、ある研究では「上位10社の申立人(その多くは市場支配的企業)が合計約1,900件の申立てを行い、それに続く70社が合計でほぼ同数を申し立てている」という。約80社で全体の大半を占めている計算となり、AIAが想定する「裁判の負担を負えない当事者にも特許の有効性争いの場を開く」という制度趣旨と整合しているのかが問われる構図だ。

本件で申立人がIPRを求めたのは、地裁での陪審裁判で予期反応・自明性に関する陪審評決を得られないまま訴訟が終結した後だった。長官は「完了した陪審裁判で予期反応・自明性についての陪審評決が得られなかったことは、申立人が同じ争点をUSPTOで再度争う資格を与えない」と述べ、訴訟で勝負を付けられなかった当事者が後追いでUSPTOに「もう一度のチャンス」を求めることを明確に否定した。

長官決定は、判断枠組みを具体化する参考判例として、Padagis US LLC v. Neurelis, Inc.(IPR2025-00464、2025年7月16日、informative指定)と、Revvo Techs., Inc. v. Cerebrum Sensor Techs., Inc.(IPR2025-00632、2025年11月3日、precedential指定)を挙げた。前者は審査官の判断誤り(examiner error)が問題となった事案、後者は本件と同様に裁量却下の論理を示した先例である。

スクワイア長官は2025年9月に就任して以降、PTABの裁量却下基準を体系的に見直してきた。前任のコーク・モーガン・スチュワート代行長官が2025年3月に始めた裁量却下のリセット路線を継承しつつ、長官自身による中央集権的な判断と先例指定によって運用を一段と引き締めた格好だ。今回の決定は、訴訟との並行性、申立人属性、公益という3つの軸を組み合わせた判断モデルを、現任長官名義で先例として固定する意義をもつ。

実務的な影響は大きい。市場支配的企業がポートフォリオ防衛の一環として複数のIPRを並行展開する戦術は、今後の申立て段階で裁量却下のリスクを正面から検討する必要が生じる。USPTOの2026年に入ってからの統計では、IPR申立件数自体が制度発足以来の歴史的低水準まで落ち込み、査定系再審査(ex parte reexamination)が初めてIPRを上回ったと報告されている。今回の先例指定は、この傾向をさらに加速させる可能性が高い。特許権者側にとっては、裁量却下を求める際に公益要素・申立人属性・並行訴訟の状況を厚く主張する戦略が、これまで以上に有効になると見られる。

一方で、IPR制度の利用機会が事実上絞られることで、不確実な特許の早期淘汰という制度趣旨と緊張関係に立つとの懸念も残る。実務界では、長官裁量が「市場支配的企業による戦術的IPR」をピンポイントで抑止する一方、中小被告にとっての訴訟代替手段としてのIPRはむしろ温存される設計になっているかを注視する声が出ている。USPTOが今後どのような具体ケースを先例・参考として積み増していくかが、制度の到達点を決めることになる。

【出典】
・USPTO Director John A. Squires, Director Discretionary Decision(2026年5月14日、precedential指定)
・IPWatchdog, “Squires’ Latest Precedential Decision Slams Use of IPR for ‘Litigation Leverage’,” 2026年5月18日
・Padagis US LLC v. Neurelis, Inc., IPR2025-00464, Paper 12 (Director July 16, 2025, informative)
・Revvo Techs., Inc. v. Cerebrum Sensor Techs., Inc., IPR2025-00632, Paper 20 (Director Nov. 3, 2025, precedential)

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パテント探偵社 編集部

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