欧州連合司法裁判所(CJEU)の法務官(Advocate General, AG)は、Halozyme事件(C-456/24)において、医薬品の販売承認書(marketing authorisation, MA)で「添加剤(excipient)」として明示された物質は、補完的保護証明書(Supplementary Protection Certificate, SPC)規則上の「有効成分(active ingredient)」と見なすことはできないとする意見を提出した。CJEUがこの意見に従えば、Halozyme社が欧州各国で申請していたトラスツズマブとrHuPH20(リコンビナント・ヒト・ヒアルロニダーゼPH20)の組合せに対するSPC保護は、ドイツやオーストリアで既に認められた一部の例を除き、欧州大陸の主要市場で否定されることになる。バイオ医薬の「皮下注射版」をめぐる権利保護の射程を左右する重要な判断だ。
本件SPC出願は、欧州特許EP 2 163 643を基本特許とし、Herceptin SC(別名Herceptin Hylecta)の販売承認に依拠したものだ。Herceptin SCは、原薬であるトラスツズマブを皮下注射で投与可能にするためにrHuPH20を組み合わせた製剤で、ロシュ/ジェネンテックがHalozymeのENHANZEプラットフォーム技術を導入して開発した。欧州の各国知財庁の判断は割れており、ドイツとオーストリアはrHuPH20を有効成分と認めてSPCを付与した一方、フランス、オランダ、アイルランドはrHuPH20を有効成分と認めず、SPC規則第3条(d)(最初の販売承認要件)違反として申請を却下していた。
判断の分岐点となったのが、チェコ共和国における拒絶事案である。チェコ知財庁は同国でのSPC出願を第3条(d)違反として却下し、Halozymeは最高行政裁判所に上訴。同裁判所は、SPC規則第1条(b)(「製品」とは医薬品の有効成分または有効成分の組合せをいう)の解釈について、6つの先決問題をCJEUに付託した。法務官の今回の意見は、その6問のうち最も中核となる第1問への回答である。
法務官の結論は、「医薬品の販売承認書において明示的に添加剤として指定された物質は、SPC規則第1条(b)上の有効成分と見なすことはできない」というものだ。法務官は、「有効成分性」の判断は当該販売承認における物質の分類によって決定されるべきであり、販売承認後に得られた科学的知見や、販売承認時に評価対象とされなかった追加証拠は、SPC付与の判断に持ち込むべきではないと述べた。これは、有効成分の概念を販売承認の文言から離れて事後的に再構成する余地を否定する立場である。
意見の論理は、SPC制度の趣旨にも沿う。SPCは、医薬品の販売承認取得に要する時間的損失を補填するために導入された制度であり、付与判断は販売承認という客観的・公的な文書を基準に行われる必要がある。販売承認後に追加された科学データを根拠にSPC付与可否を覆せるとすれば、制度の予見可能性が大きく損なわれる。法務官の意見は、こうした制度設計上の安定性を重視した判断と理解できる。
本件のもうひとつの論点は、第3条(d)が要求する「最初の販売承認」の意味である。トラスツズマブ単体については既に静注製剤Herceptinとして販売承認が存在しており、もしrHuPH20が「有効成分」と認められなければ、Herceptin SC(皮下注射版)は「同じ有効成分(トラスツズマブ)に対する後発の販売承認」となる。SPCはあくまで「最初の販売承認」に紐づけて付与されるため、後発の販売承認をベースとした皮下注射版へのSPC付与は否定される構造だ。法務官の意見が維持されれば、Halozymeはトラスツズマブ皮下版そのものについてのSPC保護を欧州主要国で確保できないことになる。
CJEUは法務官意見に拘束されないが、実務上は意見に沿った判決が出るケースが多い。仮に判決が法務官意見を踏襲すれば、ドイツ・オーストリアで先行付与済みのSPCの取扱いも論点化する。各国の手続上、付与済みSPCの遡及的な取消しは難易度が高いとはいえ、競合他社による無効訴訟・取消請求の根拠が強化されるのは確実だ。
影響は、Halozymeとロシュの利害にとどまらない。バイオ医薬品の皮下注射化は、患者の利便性向上と通院負担の低減という臨床的価値に加え、特許切れが迫る原薬を新たな剤形・送達技術と組み合わせることで実質的な独占期間を延ばす「ライフサイクル・マネジメント」戦略の柱でもある。MerckのKeytruda皮下版、AlteogenのALT-B4を用いた各種皮下化プロジェクトなど、業界の競争軸となっている技術領域でもある。法務官意見が判決として確定すれば、「皮下化のために用いられた酵素・添加剤がSPC上の有効成分として扱われるか」という設計問題が、各社のSPC戦略・パイプライン評価に直結することになる。
Halozymeにとっては、欧州での主力SPC戦略に対する重大な後退となる一方、米国では別途、Halozyme対Merck訴訟(Keytruda SC関連)の判断が並行して進んでいる。地域ごとに法的枠組みが異なるため、欧州での後退が直ちに同社のグローバル収益見通しを決定づけるわけではない。ただし、SPC制度が依拠する「販売承認文書」と「実体的な薬理活性」のいずれを優先するかという原則論は、各国の特許期間延長制度(PTE)や、再生医療等製品のような新類型の保護にも示唆を持つ。CJEUの最終判決の方向性が注視される。
【出典】
・Opinion of Advocate General, Case C-456/24 Halozyme(非拘束意見)
・IAM Media, “Halozyme suffers setback in Keytruda patent battle with Merck; receives adverse AG opinion at CJEU,” 2026年5月15日
・Mondaq / J A Kemp LLP, “Advocate General Of The CJEU Indicates That An ‘excipient’ Cannot Be Regarded As An Active Ingredient For An SPC,” 2026年4月28日
・Regulation (EC) No 469/2009 Articles 1(b), 3(d)
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パテント探偵社 編集部
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