2026年4月1日、マクセル株式会社(本社:大阪府枚方市)は、韓国の電機大手LGエレクトロニクスを相手取り、テレビ関連技術の特許侵害を訴える訴訟を米国連邦裁判所(テキサス州北部地区)に提起した。訴状によれば、両社は交渉を重ねてきたにもかかわらず、LGエレクトロニクスが許諾なく同社の特許技術を搭載した製品を販売し続けているとして、7件の特許に基づく侵害を主張している。
訴訟の背景:交渉決裂から提訴へ
マクセルはここ数年、特許ライセンスビジネスを積極的に展開してきた。同社は映像・音響技術や記録メディアに関する広範な特許ポートフォリオを保有しており、家電メーカー各社に対してライセンス交渉を行ってきた。今回の提訴について、マクセルの声明では「LGエレクトロニクスは対話の継続を主張しながら、実際には権利侵害状態を放置していた」と批判しており、誠実な交渉が進まなかったことが提訴に踏み切らせた主因とみられる。
訴訟で問題となっているのは、テレビの映像・写真表示機能に関連する7件の特許だ。具体的な特許番号は訴状に記載されているが、スマートテレビが標準搭載するUIや高精細画像処理、あるいはストリーミングコンテンツの表示最適化に関わる技術が含まれると報じられている。現代のテレビは単なる受像機ではなく、インターネット接続・アプリ実行・クラウドサービス連携など複雑な機能を統合しているため、特許の対象範囲も多岐にわたる。
直近の実績:Samsung戦での勝訴が背景に
今回のLG提訴を理解する上で見逃せないのが、マクセルが2025年5月にSamsungとの陪審裁判で約1億1170万ドル(約170億円)の賠償評決を勝ち取った実績だ。同訴訟も類似のテレビ関連特許に関するものであり、この大型勝訴がマクセルの強硬姿勢を後押しした可能性は高い。
特許侵害訴訟において、過去の勝訴実績は重要な意味を持つ。特許の有効性や権利範囲が裁判所によって認められた事実は、後続の訴訟でも特許権者の交渉力を高める。マクセルとしては、Samsung戦の成果を踏まえ、LGに対しても相当規模の賠償金またはライセンス料を要求することが想定される。
テキサス州北部地区連邦裁判所という選択
提訴先にテキサス州北部地区(ダラス)を選んだことも注目に値する。かつて特許訴訟の「聖地」とされたテキサス州東部地区(マーシャル)は、近年の判例変更で訴訟件数が減少したが、テキサス州北部地区は技術系企業の拠点が多く、今なお特許訴訟が集中するフォーラムの一つだ。LGエレクトロニクスの米国法人がテキサスに事業拠点を置くことも、裁判地選択の理由になりえる。
特許権者にとってのフォーラムショッピング(有利な裁判地を選ぶ戦略)は、実務上きわめて重要な訴訟戦術だ。被告の利便性と原告の戦略的選択の間には常に緊張関係があり、Westernengraving v. Suplex訴訟以降の最高裁判例により、裁判地の正当性审査が厳格化している。今後LGが裁判地移送を申し立てる可能性もあり、まず手続き面での攻防が展開されるだろう。
消費者向けテレビ市場における特許の重要性
現代のテレビ産業では、画質・音質技術だけでなく、コンテンツ配信プラットフォームとの連携、AI活用の映像最適化、さらには次世代ディスプレイ技術(MicroLED、QD-OLED等)など、多数の特許が絡み合っている。大手メーカーはこれらの技術をクロスライセンスや特許プールを通じて相互利用するケースが多いが、マクセルのような「特許専業型」企業(いわゆるNPE)はその外側に位置し、独自のライセンス収益を追求する。
LGエレクトロニクスは世界トップクラスのOLEDテレビメーカーであり、2025年の世界市場でも高いシェアを維持している。同社の製品が世界中で広く流通しているだけに、特許侵害が認定された場合の損害賠償額は相当規模になる可能性がある。また、訴訟中に仮差止命令(injunction)が認められれば、当該機能を持つ製品の販売差し止めという深刻な事態になりうる。
今後の見通し
一般的に、米国の特許侵害訴訟が陪審裁判まで至るには2〜4年を要する。その間、LGは特許の無効化(Inter Partes Review: IPR)をUSPTOに申請するか、あるいは和解交渉に応じるかの選択を迫られることになる。マクセルとしては、和解によるライセンス収益の確保を最終目標に置いている可能性が高く、訴訟はその交渉のための「圧力手段」という性格も持つ。
日本企業によるグローバルな特許権行使という観点では、本件はマクセルが国際的な特許収益化戦略を着実に実行していることを示す事例だ。同社の動向は、知財ポートフォリオを活用した事業戦略を模索する日本企業にとって参考になる。
本訴訟の最新情報は、米国連邦裁判所PACERの電子ファイリングシステムやLaw360などの法律専門メディアで随時更新される。また、マクセルが抱える特許ポートフォリオの全体像については、J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)およびGoogleパテントでも確認できる。
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