米特許庁(USPTO)の特許無効審判(IPR: Inter Partes Review)の機関決定率が急速に低下している。2024年10月時点では約65%だった機関決定率が、2026年2月には約37%まで落ち込み、わずか7ヶ月で43%の削減となった。この劇的な変化は、ジョン・スクワイアズ(John Squires)ディレクターによる一連の政策転換に起因する。特許権者にとってはIPR提起リスクが大幅に減少した一方で、特許無効性の主張を戦術の一部としていた企業には戦略転換を迫られる事態となっている。
IPR機関決定率の低下をもたらした政策転換とは。スクワイアズディレクターは2025年10月、すべてのIPR機関決定権を掌握すると同時に、複数の政策変更を実施した。まず、米特許庁は実当事者(RPI: Real Party in Interest)要件をIPR提起前に充全に特定することを再度要求する方針を打ち出した。この変更は、米国特許制度を濫用する外国政府支援企業によるIPR利用を牽制することを目的としている。さらに2026年3月、ディレクターは追加的な裁量要件を示唆する覚書を発令。当該特許に関する製品が米国内で製造・販売されている程度を機関決定の判断要素に加えるとしたのだ。これは「国内産業保護」という明確な政策目的を打ち出したことになる。
IPR制度全体に及ぼす波及効果は深刻だ。機関決定率の低下に伴い、PTABの控訴待機期間も急速に短縮されている。2025年5月時点で平均28ヶ月だった控訴待機期間は、2026年4月1日時点でわずか9ヶ月余りに低下した。このデータから、IPR提起そのものの件数が減少していることが推察される。特許侵害訴訟の被告企業がIPRを反撃手段として活用する戦術の有効性が著しく減少したことを意味する。
知財実務への影響は多岐に及ぶ。第一に、特許権者は特許侵害訴訟においてIPR提起リスクを大幅に割り引いて考えることができるようになった。第二に、被告企業はIPRに頼らず、従来の無効抗弁や異議申立、再審査(ex parte reexamination)などの代替手段をより積極的に検討する必要が生じている。第三に、特に外国企業や外国政府との関連が指摘される企業は、実当事者要件や国内製造要件により、IPR提起そのものが困難になる可能性がある。
制度設計の本質的問題が露呈した局面である。IPR制度は2011年のLeahy-Smith America Invents Act(AIA)で導入された比較的新しい制度であり、迅速性と低廉性を売りに特許権者による権利濫用を抑止する仕組みとして機能してきた。しかし今回の方針転換は、個別の審査基準変更ではなく、制度そのものへの信頼性を問う根本的な改変である。IPRの機関決定に裁量権を広く認める傾向は、制度の予測可能性を損なうとの指摘も出ている。
今後の展開注視が必要だ。特許侵害訴訟の戦術選択が大きく変わる局面が訪れている。被告企業がIPRに依存できなくなったことで、侵害訴訟そのものの決着が一層迅速化する可能性がある一方で、外国企業による特許取得活動にも制約が加わることが予想される。米国特許制度の方向性を規定するこの転換点において、実務家たちの対応戦略の工夫が問われている。
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パテント探偵社 編集部
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