米国司法省は2026年4月7日、標準必須特許(SEP: Standard Essential Patent)に関する反トラスト訴訟にあって、珍しく特許権者側の立場を支持する意見書を提出した。事件の被告はメモリー大手サムスン電子、原告は半導体メモリー企業Netlistである。Netlistはコンピュータメモリの技術標準に組み込まれた特許を保有し、過去の訴訟でSamsungに対し420億円以上の損害賠償を獲得している。本件でSamsungは反トラスト法違反を反訴しているが、司法省の介入は、FRAND(Fair, Reasonable, and Non-Discriminatory)ライセンスの義務と反トラスト法の界線について、きわめて重要な政策的立場を示すものである。
Samsungの反トラスト反訴の理由は、一見すると妥当性がある。Samsungの主張によれば、Netlistが技術標準策定機関(SDO: Standard Developing Organization)に対してFRAND条件でのライセンスを約束したにもかかわらず、実際には不当に高額なライセンス料を要求しており、これは標準必須特許保有者の市場支配力の濫用にあたるというのだ。本事件ではSamsung側が「Broadcom理論」に基づく標準詐欺(standards fraud)の主張も提起している。この論理は、Qualcommが標準策定段階で誤った約束をしたことを問題とした古典的な判例に由来する。
しかし司法省の意見は全く異なる論理枠組みを示している。司法省は、技術標準への組み込みそのものが市場支配力を推定する理由にはならないと述べた。これは1990年代のBroadcom判例以来の反トラスト法理では必ずしも自明ではない論点である。さらに司法省は、FRANDライセンス義務を巡る契約的紛争が、自動的に反トラスト法上の排除的行為(exclusionary conduct)に転化するわけではないことを強調している。言い換えれば、FRANDの「不当な違反」と「市場支配力の反トラスト的濫用」は異なる法的カテゴリーだということだ。
この司法省の立場は、SEP訴訟の国際的な流れとも一致している。2025年10月のDisney対InterDigital事件におけるデラウェア地区の司法省意見書も同様のロジックを示していた。つまり、米国司法当局は、SEPの過度なライセンス要求が不当であり契約違反であることと、反トラスト法による罰則対象になることを厳密に区別する姿勢を貫いているということである。この立場は、SEP保有企業に対する萎縮効果を減らし、標準技術への参加インセンティブを維持することを目的としていると考えられる。
Netlistがここまで強い立場を獲得した背景には、何度も繰り返された勝訴があった。本事件におけるSamsung対Netlist訴訟は実に複数の訴訟段階を経ている。過去の判決では、Netlistは陪審団評決で118百万米ドルの損害賠償を獲得し、その後の継続的な訴訟でさらに300億円を超える勝訴金を確保した。これらの勝訴の積み重ねが、本件での司法省介入という政治的サポートにつながったとも言える。
本判断が示唆する今後の方向性は明確だ。米国司法当局がSEP濫用訴訟においで特許権者側を支持することで、他の標準化技術企業も同様の立場を得やすくなる可能性がある。ただし、司法省が強調しているのは、「FRANDライセンスの義務違反は存在しうるが、それが自動的に反トラスト違反になるわけではない」という論理である。つまり民事契約訴訟としてはSamsung側が勝訴する可能性も残されており、反トラスト反訴が退けられることと、民事損害賠償請求が退けられることは別の問題だ。この微妙な法的バランスを理解することが、SEP企業の今後の戦略を左右するだろう。
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パテント探偵社 編集部
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