米国特許商標庁(USPTO)のジョン・スクワイヤーズ長官は2026年3月30日、ソーシャルメディア大手TikTokがCellSpin Soft社の保有する特許に対して申請した7件の当事者系再審査(IPR)手続きについて、既に下された開始決定を全件取り消した。長官は、TikTokが中国政府系事業体が「当事者」(Real Party-in-Interest: RPI)でないことを立証する義務を果たさなかったと判断した。今回の決定は、外国政府が関与する企業によるIPR申立てに対する規制が一段と厳格化されたことを示す先例として、実務家から広く注目されている。
今回の判断の法的根拠となったのは、特許審判部(PTAB)の先例的決定であるTianma Microelectronics Co., Ltd. v. LG Display Co., Ltd.(IPR2025-01579)である。同決定は、2019年の米連邦最高裁判決Return Mail, Inc. v. United States Postal Service(587 U.S. 618)を援用し、米国政府機関がIPRの申立人となれないとしたルールを、外国政府または外国政府の実質的な影響下にある主体に拡張適用したものである。Tianma決定では、中国政府系の天馬微電子が当事者に名を連ねていたことが問題となり、PTABはその開始決定を取り消した。スクワイヤーズ長官は今回、同原則をTikTok案件にも直接適用した。
TikTokがIPRを申し立てた対象は、CellSpin Soft社が保有するデータ転送・共有技術に関連する複数の特許であり、事件番号はIPR2024-00757を筆頭とする7件にのぼる。長官決定書(Paper 42)においてスクワイヤーズ長官は、TikTokの親会社であるByteDanceの株式構造および中国政府との関係性を精査した上で、TikTokが「中国政府系事業体が申立て時点においてRPIに該当しないこと」を十分に立証していないと結論付けた。具体的には、中国政府機関がByteDanceの株式の一部を間接的に保有していることが指摘され、その保有割合が仮に少数であっても、RPI認定の閾値を超える可能性があるとされた。
長官決定において注目されるのは、RPIの認定に関する立証責任の配分である。従来の実務では、PTABはRPI開示の不備について比較的緩やかな判断を示す傾向があった。しかしTianma決定以降、特に外国政府による所有・支配が疑われる事案においては、申立人側が「外国政府はRPIではない」と積極的かつ具体的に立証しなければ、開始決定が取り消されるリスクが現実のものとなっている。スクワイヤーズ長官は今回の判断書の中で、RPI開示は単なる手続き上の要件ではなく、「PTABの手続きを公正かつ説明可能な形で維持するためのセキュリティ上の要請でもある」と明言した。
この決定は、TikTokにとって知財戦略上の重大な制約を意味する。TikTokはCellSpin Softから複数の特許侵害訴訟を提起されており、PTABを通じた特許の無効化がその対応策の中核をなしていた。今回の7件すべてが取り消されたことで、TikTokは地方裁判所での侵害訴訟において有効性の抗弁を維持しながら対応せざるを得ない立場に置かれる。なお、CellSpin Softは2026年1月に東部テキサス地区連邦地裁にAutel Robotics社ほかを被告とする新たな訴訟(2:2026cv00226)も提起しており、その特許権行使は活発化している。
より広い文脈でみれば、今回の決定はスクワイヤーズ長官体制下におけるPTABの運用方針の変化を象徴するものである。IPWatchdogのデータ分析によれば、PTABにおけるIPR開始率は2024年10月の約65%から2026年2月には約37%まで低下しており、43%減という水準となっている。外国政府の関与を理由とする裁量的否定は、その制度的背景の一角を占める。また、USPTOは2026年3月に発出した裁量的開始に関する追加指針の中で、IPR・PGRの審理可否を判断する際に「申立人の製品が米国で製造・販売されているか否か」を考慮する新たな要素を加えており、国内産業保護の観点から外国系申立人への審査が一層厳しくなっていることを示している。
実務上の含意は明確である。中国政府が直接または間接的に株式を保有する企業がIPRを申し立てる場合、またはその疑いがある場合には、申立人はRPIの開示を極めて詳細かつ積極的に行わなければならない。RPIの開示が不完全であると判断された場合、たとえ開始決定が下された後であっても長官裁量で取り消される可能性があることを、今回の決定は改めて明確にした。外国出願人を代理する実務家にとっては、依頼人の資本構成と外国政府との関係性を申立て前に精査することが不可欠となっている。
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パテント探偵社 編集部
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