連邦巡回区控訴裁判所、特許クレームの「about(約)」を不明確と認定――Enviro Tech対Safe Foods、Lourie判事執筆の先例的判決

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連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は2026年5月4日、Enviro Tech Chemical Services対Safe Foods Corp.事件(24-2160号)の先例的判決で、特許クレーム中の「about(約)」という近似用語が不明確(indefinite)であるとした下級審判断を支持した。Lourie判事執筆、Prost判事およびBurroughs地方判事(指名)が同調する全員一致の判断である。クレーム作成における近似表現の限界を改めて示すもので、化学・バイオ・材料系特許を中心に実務的影響が大きい。

事件の概要

事件は、Enviro Tech Chemical Servicesが保有する米国特許第10,912,321号(’321特許)に関するものである。同特許は、家禽の食肉加工処理工程において過酢酸(peracetic acid)を含む冷却水で家禽を処理することにより、家禽の重量を増加させる方法を請求項としている。Enviro TechはアーカンソーEast District連邦地方裁判所において、競合企業Safe Foods Corp.を相手取り侵害訴訟を提起した。

争点となったのは独立クレーム1に含まれる「about a pH of 7.6 to about 10(約pH7.6から約10)」という限定である。Safe Foodsは、この「about」が範囲の上下限を不明確にしており、当業者が合理的確実性をもってクレーム範囲を理解できないと主張した。同社はあわせて「antimicrobial amount(抗微生物量)」の用語も不明確であると争ったが、CAFCは判決理由で「about」の不明確性のみを取り上げ、もう一つの争点は判断不要として判示した。

地方裁判所は、Safe Foodsの主張を認め、クレーム解釈段階で「about」を含むpH限定が不明確であると判断し、係争クレーム全部を無効と認定した。Enviro TechがCAFCに控訴した。

CAFCの判断

CAFCの判断の核心は、「about」のような近似用語自体が一律に不明確であるわけではないが、当業者が内在的証拠(クレーム、明細書、出願経過)から合理的確実性をもってその範囲を把握できる必要がある、という点にある。Lourie判事は判決理由で、「『about』や『approximately』は、特定のパラメータに厳格な数値境界を設けることを避けるために適切に用いることができる」としつつ、「ただし当該パラメータの範囲は、当該事案の技術的事実に基づき合理的に確実でなければならない」と述べた。

本件で「about」が不明確とされた決定的要因は、出願経過における出願人自身の言動である。出願経過のあるオフィスアクション応答において、Enviro Techは「クレームされた範囲の下限であるpH7.6」が先行技術に対して非自明であると主張する際、「about」を意図的に省いた。一方、同じ応答中の別のクレームを論じる箇所では、pH値の議論の中で「about」を明示的に含めた。この使い分けは、出願人自身が「pH7.6」と「about pH7.6」を異なる範囲として認識していたことを示唆する。CAFCはさらに、出願人が出願経過の全期間を通じて「about」がどの程度のずれを許容するかを一度も具体的に説明しなかった点を重視した。

CAFCはまた、明細書中の実施例にも、「about」の許容範囲を示す具体的データや当業者の常識を示す記載が乏しいことを指摘した。化学反応の技術分野では、pH7.6からpH10という範囲自体がすでに広く、その境界を曖昧にする「about」が加わると、競合他社が侵害判断のために用いるべき技術的閾値を予測することが困難になる。判決はNautilus対Biosig Instruments事件(米国連邦最高裁2014年)の合理的確実性基準を再確認したものといえる。

過去のCAFC先例との位置関係

CAFCにおける「about」の解釈は、長らく事案ごとに揺れがあった。Cohesive Technologies事件(2008年)では「about」を含む粒径クレームについて、明細書中の実施例と先行技術との対比から合理的確実性が認定された。一方、Amgen対Sandoz事件(2017年)では「at least about 10」という限定について、上限のない範囲を「about」が補強する形は不明確ではないと判断された。これに対し、Halliburton Energy対M-I LLC事件(2008年)では「fragile gel」という近似的機能用語が不明確と判断され、Nautilus基準導入後の流れでは、近似用語に対する審査がより厳格化している。

本件は、近似用語の不明確性判断において、明細書の記載と並んで出願経過における出願人自身の用語使用の一貫性が決定的に重視されることを明確化した点で先例的価値が高い。今後、化学・バイオ・医薬系の特許侵害訴訟において、被告は出願経過から近似用語の使い分けを抽出し、不明確性主張を行う場面が増加することが予想される。

実務上の含意

実務上の含意は明確である。第一に、化学・バイオ・材料系の数値範囲クレームでは、「about」「approximately」「substantially」などの近似用語を使用する場合、明細書中に「±X%」「±Y単位」といった具体的な許容範囲を定義することが不可欠となる。実施例で典型的な測定誤差や合成バッチ間のばらつきを示し、当業者が範囲の境界を合理的確実性で把握できる根拠を残す必要がある。

第二に、出願経過における用語の使用は一貫性が極めて重要である。同じ用語を同じ意味で繰り返し用い、特に数値限定に関する非自明性の議論では、近似語の有無による意味の変化が後の不明確性争点で利用されないよう注意を払う必要がある。本件は、出願人の出願経過における細部の言語選択が、十数年後の侵害訴訟においてクレーム全体を無効にする結果を招き得ることを示した。米国特許出願実務では、応答書面のドラフト段階で発明者・代理人の双方が近似語の使用を点検し、ファイルラッパー全体での整合性を担保する手続を組み込むことが推奨される。

第三に、本判決は先例的であるため、CAFCの今後の不明確性事件において繰り返し引用される。すでに係属中の数値範囲を巡る不明確性事件、特にFDA承認医薬品のpH・浸透圧・粒径などの限定を含む特許群においては、本件が新たな試金石となる可能性が高い。Safe Foodsの勝訴によりEnviro Techの侵害請求は終結したが、米国製薬・化学・食品加工分野の特許権者にとっては、既存ポートフォリオの再点検が必要なシグナルである。

日本企業の出願戦略への示唆

日本企業による米国出願にとっても本判決は無視できない。日本国内の特許実務では「約」「実質的に」などの近似用語は比較的緩やかに解釈される傾向がある一方、米国では本判決により、より厳格な明細書・出願経過の整合性が求められる。日本企業の米国出願担当者は、明細書翻訳の段階で「約」「概ね」を「about」「approximately」と機械的に翻訳することの危険性を再認識し、許容範囲を具体的に定義する記載を明細書中に組み込むよう、現地代理人と協議すべきである。すでに登録されている既存特許についても、近似用語を含むクレームについては継続出願(continuation)や再発行(reissue)を通じた補強の検討余地がある。

本判決は出願戦略の細部まで影響を及ぼす内容であり、米国特許の品質を左右する重要な先例として、今後の実務動向を継続的に追跡する必要がある。

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パテント探偵社 編集部

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