米連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は2026年5月13日、Actelion Pharmaceuticals Ltd. v. Mylan Pharmaceuticals Inc., No. 24-1641 において、Actelion保有のエポプロステノール(epoprostenol)注射用医薬組成物特許について、Mylan Pharmaceuticalsの後発薬が文言侵害も均等侵害も成立しないとした連邦地裁判決を支持する先例的判決を下した。タランド裁判官(Judge Taranto)が執筆した本判決は、クレーム文言「pH 13 or higher」をめぐる解釈論として、内的証拠(intrinsic evidence)だけでは特定の数値の意味を確定できない局面で外的証拠(extrinsic evidence)をどう扱うかを示すとともに、出願経過における限定が事後の均等論主張を遮断する「prosecution history estoppel(出願経過禁反言)」および「disclosure-dedication rule(開示・献呈ルール)」の射程を改めて明示した。
本件で争われたのは、ActelionのVeletri®(一般名エポプロステノールナトリウム)に関連する米国特許第8,318,802号および同第8,598,227号の独立クレームに含まれる「formed from a bulk solution having a pH of 13 or higher(pH 13以上のバルク溶液から形成される)」という限定の意味である。Actelionは肺動脈高血圧症治療薬としてのエポプロステノール製剤の安定性を、高pHのバルク溶液から最終製剤を調製することで確保しているとして同特許を取得し、Mylanの後発薬出願(ANDA)に対する侵害訴訟を提起していた。
本件は同裁判所が2回目に手にした事件である。2023年の最初の上告審において、CAFCは地裁の最初のクレーム解釈を破棄し、「適切なクレーム解釈には外的証拠の参照を経なければ到達できない」として差し戻していた。差戻し審で連邦地裁は、外的証拠を踏まえたうえで「pH 13以上」を「pH 12.98以上」と解釈した。pH測定値の有効数字の扱いに関するこの「12.98以上」という具体的な閾値が、本件の侵害判断を決定づける枠組みとなった。
Mylanのバルク溶液pHは12.98を大幅に下回ることが事実関係として確定していた。Actelionは、Mylan製品の保存条件である冷蔵温度で測定した場合のpHが高くなる点を捉え、製造工程上のバルク溶液pHではなく低温時のpHを採用すれば「pH 13を超える」と主張した。連邦地裁はこの主張を退け、CAFCも「formed from a bulk solution having a pH of 13 or higher」という表現は製造工程におけるバルク溶液の常温pHを指すと解する地裁の判断に重大な誤りはないと結論づけた。タランド裁判官は、内的証拠が示すクレーム文言の文脈――製剤を「pH 13以上のバルク溶液から形成する」という工程的記述――と、当業者が標準条件下でpHを測定するという外的証拠の双方が、地裁の解釈を支えると指摘している。
均等論(doctrine of equivalents)に関する判断はさらに踏み込んだものとなった。CAFCは、Actelionが出願審査中にクレーム範囲を狭める補正を行った経緯に着目し、prosecution history estoppelによって元の広いクレーム範囲に含まれていた均等物の主張は遮断されると判示した。判決は、Actelionが「特許化を確保するためにクレームを狭めた以上、当時の補正で削った領域を後から均等の名目で取り戻すことは許されない」とし、補正が特許性以外の理由でなされたとの反証もないと結論づけた。
本判決はさらに、Actelionの均等主張は「disclosure-dedication rule(開示・献呈ルール)」によっても独立して遮断されると述べた。同ルールは、明細書中で開示されていながらクレームに含めなかった主題は公衆に献呈されたものとみなし、後に均等論で取り戻すことを認めないとする判例法理である。本件では明細書中に低pH側の実施態様も記載されていたとされ、CAFCは「明細書に開示しながらクレームから外した範囲を、均等論で改めて主張することはできない」と結論づけた。
本判決の実務的含意は二段構えである。第一に、数値範囲を伴うクレームの解釈においては、当業者の測定実務――温度条件、有効数字、許容誤差――が外的証拠としてクレームの境界を画する重要な役割を果たすことが改めて確認された。先行する2026年5月のEnviro Tech v. Safe Foods判決が「about(約)」というクレーム文言の不明確性を扱ったのと並び、CAFCは数値クレームの厳密性をめぐる解釈論を立て続けに整理しつつある。第二に、ANDA訴訟など製薬分野で重要な均等論については、出願経過と明細書記載の双方が事後的に均等の射程を狭める方向で作用しうる現実が明確になった。先発メーカーは出願段階のクレーム補正と明細書記載が後の侵害論にどう跳ね返るかを織り込み、後発メーカーは外的証拠による境界の引き直しと禁反言・献呈ルールの双方からの反論余地を構築できる。
米国における2025年度のANDA訴訟件数は引き続き高水準にあり、CAFCはクレーム解釈と均等論を扱う数値クレーム事件を継続的に取り上げている。Veletri®自体は2008年にFDAから承認された注射用製剤で、後発市場の参入余地が拡大することは肺動脈高血圧症の患者アクセスにも影響しうる。今回の判決により、Mylanの後発エポプロステノール製剤に対する文言侵害および均等侵害の主張はいずれも否定され、Actelion側の上告――最高裁への裁量上告(certiorari)申立て――の可能性が次の焦点となる。
出典:Actelion Pharmaceuticals Ltd. v. Mylan Pharmaceuticals Inc., No. 24-1641 (Fed. Cir. May 13, 2026)(先例判決)。関連解説:IPWatchdog「CAFC Says Generic Hypertension Drug Does Not Infringe Actelion’s Patents」(2026年5月13日)、Patently-O「Twice Ambiguous: Actelion v. Mylan and the Contextual Reading of pH 13」(2026年5月)、Knobbe Martens「Federal Circuit Says Extrinsic Evidence Should Have Been Considered in Claim Construction」。
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パテント探偵社 編集部
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