米連邦巡回区控訴裁判所は2026年4月16日、片頭痛治療薬を巡るテバ・ファーマシューティカルズ・インターナショナル(Teva Pharmaceuticals International GmbH)対イーライリリー(Eli Lilly and Company)訴訟(連邦巡回区事件番号:2024-1094)において、原審がジャッジメント・アズ・ア・マター・オブ・ロー(JMOL)によって覆した1億7700万ドルの陪審評決を復活させる判決を下した。プロスト(Prost)判事が起草した全員一致の合議体意見は、故意侵害の認定と損害賠償額をともに維持した。本件は、既知の化合物群(genus)を用いる用途クレームの特許において、米国特許法35 U.S.C. §112が定める記述要件(written description)および実施可能要件(enablement)の適用基準に重要な判断を示した。
両社の薬剤はいずれもCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)を標的とする抗体製剤であり、片頭痛予防薬として市場で競合関係にある。テバが開発した「アジョビ(Ajovy)」に対し、リリーが「エムガリティ(Emgality)」を市場投入したことが訴訟の発端となった。テバは米国特許第8,586,045号、第9,884,907号、第9,884,908号(以下「係争特許」)を保有しており、これらは抗CGRP拮抗抗体を用いて頭痛を治療する「方法(method of use)」を特許請求の範囲(クレーム)としている。2024年、マサチューセッツ連邦地方裁判所の裁判官は陪審員が認定した1億7700万ドルの評決をJMOLによって取り消したため、テバが連邦巡回区への控訴に踏み切った。
リリーは係争特許が§112の記述要件と実施可能要件を満たさないと主張し、その根拠として米国最高裁判所が2023年に下したAmgen Inc. v. Sanofi判決を援用した。同最高裁判決は、機能的に定義されたクレームを持つ化合物特許(composition claims)については、クレームが包含する全化合物を当業者が過度の実験なしに作製・使用できる場合にのみ実施可能要件が充足されるとした。リリーは、係争特許のクレームも同様に特定化合物群全体を広く包含しているため、Amgen基準が適用されるべきと主張した。
プロスト判事率いる合議体はこの主張を退けた。裁判所は、Amgen判決が問題とした化合物クレームと、本件で争われている用途クレームとでは、特許の性質が本質的に異なると判示した。テバの係争特許は「化合物自体」を権利範囲としているのではなく、「既知の化合物群を用いた頭痛治療という方法」をクレームしている。このような用途クレームにおいては、§112の記述要件と実施可能要件は、化合物クレームと同じ厳格な基準によって評価されるべきではないとした。裁判所は、当業者が既知の化合物群を特定の治療目的に使用する方法について特許を付与する場合、その化合物群の全構成員の製造方法を開示する必要はないという解釈を採用した。この判断に基づき、合議体はテバの係争特許をいずれも有効と認定し、原審JMOLを破棄のうえ、1億7700万ドルの陪審評決を復活させた。
本判決が製薬・バイオ医薬品分野の特許実務に与える影響は大きい。Amgen判決以降、機能的クレームを持つ抗体特許が無効とされるリスクが高まっており、製薬企業は特許ポートフォリオの見直しを迫られていた。今回の連邦巡回区判決は、用途クレームが化合物クレームとは明確に区別される法的地位にあることを確認するものであり、クレーム設計の段階で「化合物クレーム」か「用途クレーム」かを意識的に選択することの重要性を改めて示した。とりわけ、CGRPやその他のペプチド・タンパク質を標的とする抗体医薬品を開発する企業にとって、用途クレームを活用した特許戦略が再評価される契機となりうる。
また、本件では故意侵害の認定も維持された点に注目すべきである。リリーがアジョビの特許権を認識しながらエムガリティを市場投入したとする陪審の認定を、控訴審は覆さなかった。故意侵害が認定された場合、裁判所は損害賠償を最大3倍まで増額できる(35 U.S.C. § 284)。今後、テバが増額損害賠償を求める手続きを進めた場合、最終的な賠償額はさらに大幅に膨らむ可能性がある。リリーは「不服であり、すべての選択肢を検討中」と述べる一方、エムガリティの患者への供給には影響しないとした。連邦最高裁へのサーシオレイライ(certiorari)請求を行うか否かが今後の注目点となる。Amgen判決の射程範囲を画するこの先例は、製薬・バイオ業界全体で注視されることになるだろう。
本判決の法的枠組みをより詳しく整理する。§112の実施可能要件は、特許明細書が発明の技術分野における当業者(PHOSITA: Person Having Ordinary Skill In The Art)をして、クレームされた発明の全範囲を過度の実験なしに実施可能にするだけの十分な開示を要求する。Amgen判決では、Amgenがクレームした機能的に定義された抗体クラス——CGRPではなくPCSK9(LDL受容体との結合を阻害する)を標的とする抗体——の全構成員を当業者が製造・使用できることを明細書が担保していないとして、最高裁は実施可能要件の不充足を認定した。Amgen案では、PCSK9を標的とする抗体を「機能的特性(結合阻害)」のみによって定義し、その機能を達成する構造的な記述が不十分であった点が問題視された。
これに対し本件テバの係争特許は、抗CGRP抗体という既知の化合物クラスを用いた「用途(use)」——すなわち頭痛を治療するという方法——をクレームとしている。裁判所の論理は以下の通りである。用途クレームにおいては、クレームされている「発明」の中心は「化合物群の全体」ではなく「その化合物群を治療目的に使用するという行為」にある。治療用途の開示が十分であれば、当業者が化合物群の全構成員を独自に製造できなくとも実施可能要件は充足される、というのがその骨子である。この法的区別は、日本の特許法36条4項が定める実施可能要件の解釈とも概念的に類似する部分があり、日本の医薬品特許実務にとっても参照価値がある。
故意侵害(willful infringement)の認定が維持された点も注目に値する。故意侵害が認定されるためには、被告が特許の存在を知りながらその行為を継続したことが必要であり、本件陪審はリリーがアジョビの特許権を認識した上でエムガリティの市場投入を続けたと認定した。連邦巡回区はこの認定を支持した。35 U.S.C. §284に基づき、故意侵害が認定された場合、裁判所は損害賠償額を最大3倍まで増額(enhanced damages)することができる。テバが地裁に差し戻された後、増額損害賠償の申立てを行えば、最終賠償額は5億3000万ドルを超える可能性もある。製薬業界における競合品の市場投入にあたっては、先行特許の調査と適切な意見書(Freedom-to-Operate意見書)の取得が不可欠であることを本件は改めて示している。
今後の展開として、リリーがサーシオレイライ請求(certiorari petition)を連邦最高裁に提出するか否かが当面の焦点となる。最高裁がこの問題を取り上げるとすれば、Amgen判決の射程——化合物クレームと用途クレームとの境界線——を改めて画することになり、製薬・バイオ業界全体に影響する先例が確立されることになる。テバ・リリー訴訟は、Amgen後の特許実務を形成する重要な事件として、今後も注視が必要である。
この記事について
パテント探偵社 編集部
知的財産の世界で起きている出来事を、ジャーナリズムの手法で報道・分析する独立メディア。特許番号・法的根拠・当事者名を正確に記述しながら、専門家以外にも読みやすい記事を届けています。掲載内容は法的アドバイスではありません。


コメント