USPTO、TikTokの特許無効申立を却下:「中国政府が実質的当事者」と認定した判断の射程

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2026年3月30日、米国特許商標庁(USPTO)のジョン・スクワイアズ長官は、TikTok Inc.がCellspin Soft, Inc.の保有する特許に対して提起した7件の当事者間レビュー(IPR:Inter Partes Review)について、審理開始決定を取り消す命令を発した。中国政府がTikTokの申立における「実質的当事者(Real Party in Interest: RPI)」である可能性を、TikTok側が十分に否定できなかったことがその理由である。

事案の経緯

IPWatchdogの報道によれば、TikTokは2024年にCellspin Softが保有するBluetooth関連の複数の特許に対してIPR申立を行った。Cellspin Softは審理の中で、TikTokの親会社ByteDanceと中国共産党(CCP)との関係を理由に、中国政府がRPIであるとの主張を展開した。

IPR手続きにおいて、申立人はすべてのRPIを正確に開示する義務がある。RPIの不開示は申立の却下事由となる。

Tianma判決とその適用

MLeXの分析によれば、スクワイアズ長官は、2025年に出されたPTABの先例的決定「Tianma Microelectronics v. LG Display」を本件に適用した。Tianma判決では、外国政府が特許無効手続きの背後にいる可能性がある場合、申立人にはそのような関与がないことを証明する挙証責任があるとされた。

本件では、Cellspin SoftがTikTokと中国政府の関係に関する懸念を提起したのに対し、TikTok側は反論証拠の提出を行わなかった。スクワイアズ長官は、この沈黙を重視し、TikTokがRPIに関する挙証責任を果たしていないと判断した。

TikTokの米国合弁会社に関する主張の却下

Bloomberg Lawによれば、TikTokは、2026年1月に設立された米国所有の合弁会社(TikTok USDataの後継構造)の存在をもって、中国政府の支配に関する「根拠のない推測」は解消されたと主張した。しかし、スクワイアズ長官はこの主張を退けた。理由は、問題となっているIPR申立は2024年に提出されたものであり、申立時点での状況が評価の基準となるためである。

判断の知財的意味

この決定は、複数の重要な知財政策上の論点を提起する。

第一に、Tianma判決の射程が大幅に拡大されたことである。Tianma判決自体は中国国有企業に関するものであったが、今回の決定により、民間企業であっても外国政府との関係が疑われる場合にはRPI開示の問題が生じうることが明確になった。

第二に、挙証責任の配分が注目される。通常の民事訴訟では、主張する側に挙証責任があるが、本件では「外国政府がRPIではないこと」の証明を申立人側に求めている。これは事実上の「消極的事実の証明」であり、外国関連企業にとっては高いハードルとなる。

第三に、この判断が中国企業以外にも波及する可能性である。Tianma判決の論理構造は、理論上、外国政府の影響が疑われるあらゆる企業に適用可能である。ロシア、イラン、北朝鮮などの国との関係が疑われる企業がIPR手続きを利用する際にも同様の問題が生じうる。

実務への影響

今回の決定を受け、外国企業、特に外国政府との関係が疑われうる企業がUSPTOのIPR手続きを利用する際には、申立段階からRPIに関する詳細な開示と、政府関与を否定する証拠の積極的な提出が求められるようになる。単に沈黙を保つことは、もはや選択肢ではない。

また、特許権者側にとっては、外国企業からのIPR申立に対する新たな防御手段が確立されたことになる。申立人と外国政府の関係を指摘し、RPI開示の不備を主張することが有効な戦略となりうる。

地政学的緊張が知的財産制度に直接的な影響を与える事例として、本件は今後の参照点となる。特許の有効性という純粋な技術的・法的判断が、申立人の国籍や背景によって左右される状況は、国際的な特許制度の中立性に対する重要な問いを投げかけている。

Tianma判決の詳細と背景

本件の法的基盤となったTianma Microelectronics v. LG Display事件(2025年)は、PTABの先例的決定として重要な意味を持つ。この事件では、中国の国有企業であるTianma Microelectronicsが提起したIPR申立について、中国政府がRPIであるとの主張が争点となった。

PTABは、Tianma事件において、外国政府がIPR手続きの背後にいる可能性がある場合、申立人側にその関与を否定する挙証責任を負わせるという新たな法的枠組みを確立した。この判断は、従来のRPI分析が主に米国内の企業グループ関係に焦点を当てていたものを、外国政府の関与という新たな次元に拡張した点で画期的であった。

Tianma判決の背景には、米中関係の悪化と知的財産制度の安全保障化という大きな潮流がある。米国政府は近年、中国企業や中国政府関連機関による米国特許制度の利用に対する警戒を強めており、Tianma判決はその法的表現の一つと位置づけられる。

RPIの概念と外国政府の位置づけ

IPR手続きにおけるRPIの概念は、特許法315条(b)および(c)に規定されている。RPIとは、手続きの結果に実質的な利害関係を持つ者であり、申立書にすべてのRPIを記載することが義務づけられている。RPIの不開示は、それだけで申立却下の理由となりうる重大な手続き上の瑕疵である。

従来、RPIの分析は主に企業の親子関係やライセンス関係に焦点を当てていた。しかし、Tianma判決とそれに続く本件は、「外国政府」という新たなカテゴリーのRPIを確立した。外国政府がRPIとなりうるのは、当該企業に対して特許手続きの開始や方向性について実質的な支配力や影響力を行使している場合である。

TikTokの特殊な法的地位

TikTokは、他の中国企業と比べても特殊な法的地位にある。2024年に成立したTikTok売却法(Protecting Americans from Foreign Adversary Controlled Applications Act)により、TikTokは米国事業の売却を義務づけられた。2026年1月にTikTok USDataの後継構造として米国所有の合弁会社が設立されたが、中国のByteDanceとの関係は完全には断ち切られていない。

スクワイアズ長官が合弁会社の設立をIPR却下の判断に影響させなかった理由は、IPR申立時(2024年)の状況を基準とするという原則に基づいている。この「申立時基準」の適用は、企業が事後的に組織構造を変更してもIPR手続き上の問題を治癒できないことを意味する。

他の中国企業への波及効果

本件の影響はTikTokにとどまらない。Huawei(華為)、ZTE(中興通訊)、DJI、Hikvision(海康威視)など、中国政府との関係が指摘される中国テック企業がIPR手続きを利用する際にも、同様のRPI問題が提起される可能性がある。

さらに、中国企業に限らず、ロシアやイランなど米国と対立関係にある国の政府と関係があるとされる企業にも理論上は適用される。この法的枠組みが広範に適用されれば、外国企業によるIPR制度の利用が大幅に制限される可能性がある。

一方で、この判断には批判もある。特許の有効性という技術的・法的な問題が、申立人の国籍や政府との関係という政治的要因によって左右されることは、特許制度の中立性や公平性の原則と緊張関係にある。国際的な特許制度の信頼性という観点から、今後の議論の展開が注目される。

この記事について

パテント探偵社 編集部

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