トランプ政権、特許医薬品の輸入にSection 232関税100%を発動——MFN価格合意で免除の道も

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2026年4月2日、トランプ大統領は大統領布告に署名し、有効な米国特許が存在する医薬品およびその有効成分(API: Active Pharmaceutical Ingredient)・主要原料に対して100%の関税を課すことを決定した。法的根拠は1962年通商拡大法第232条(Section 232)であり、商務長官による国家安全保障調査の結果、特許医薬品の輸入が「米国の安全保障を損なうおそれがある」と認定されたことに基づく。本措置は「特許権」と「輸入関税」という本来交わらない二つの制度を交差させた前例のない政策であり、世界の製薬サプライチェーンに広範な影響を及ぼす。

措置の概要——100%関税と段階適用

ホワイトハウスのファクトシートによれば、対象となるのはFDA(米国食品医薬品局)のオレンジブック(承認医薬品リスト)またはパープルブック(承認バイオ医薬品リスト)に掲載された製品のうち、有効な米国特許が存在するものである。これらの特許医薬品およびそのAPI・主要原料に100%の関税が課される。

適用開始時期は二段階に分かれている。Crowell & Moringの解説によると、一般的な輸入者に対しては布告から120日後の2026年7月31日から適用が開始される。一方、布告の附属書IIIに列挙された大手17社については、180日後の2026年9月29日からの適用となる。この60日間の猶予は、大手企業に対して後述のMFN価格合意やオンショアリング計画を締結する交渉期間を確保する趣旨とみられる。

同盟国向け軽減税率——日本・EU・韓国は15%

ファクトシートは、通商合意国からの輸入品について軽減税率を設けている。EU加盟国、日本、韓国、スイスおよびリヒテンシュタインからの特許医薬品には15%の関税が適用される。英国については、2025年6月に締結された米英経済繁栄協定に基づく別枠の低税率が適用される。これらの国以外からの輸入には100%のフルレートが課される。

日本の製薬企業にとって、この15%という税率は100%に比べれば大幅に低い。しかし、従来ゼロに近かった医薬品の関税が突如15%に跳ね上がることの影響は小さくない。武田薬品工業やエーザイ、アステラス製薬、第一三共など、米国市場への医薬品輸出を行う日本企業は、コスト構造の見直しを迫られることになる。

0%関税への道——MFN価格合意とオンショアリング計画

本措置の最も注目すべき仕組みは、関税を回避するための二つの経路を用意している点にある。Crowell & Moringの分析によれば、以下の構造が設定されている。

第一の経路は、HHS(保健福祉省)とのMFN(最恵国待遇)価格合意と、商務省とのオンショアリング(国内生産移転)計画の両方を締結するケースである。この場合、2029年1月20日まで関税率は0%となる。第二の経路は、商務省とのオンショアリング計画のみを締結するケースで、この場合は通常の適用税率に20%が加算される。つまり、MFN価格合意なしではオンショアリングだけでは関税免除にはならない。

この仕組みは、単なる関税政策を超えた意味を持つ。MFN価格合意とは、米国での薬価を他の先進国の水準に揃えることを意味する。トランプ政権はこれまでも薬価引き下げを政策目標に掲げてきたが、関税という強制力を梃子にしてMFN価格を受け入れさせるという手法は前例がない。製薬会社の立場からすれば、100%関税を避けるためにはMFN価格合意を受け入れ、かつ国内生産計画を提出するという「二重の条件」を呑む必要がある。

適用対象外——ジェネリック薬・バイオシミラー

布告は、ジェネリック医薬品(後発医薬品)、バイオシミラー(バイオ後続品)およびそれらの原料を現時点では関税対象外としている。ただし、1年後に再評価を行うことが明記されている。Crowell & Moringは、ジェネリック・バイオシミラーのポートフォリオを持つ企業に対してこの再評価の動向を注視するよう推奨している。

このほか、希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)、動物用医薬品、核医学製剤、血漿由来療法、不妊治療薬、細胞・遺伝子治療製品、抗体薬物複合体(ADC)、CBRN(化学・生物・放射線・核)脅威対策用医薬品なども、通商合意国からの輸入であるか緊急の公衆衛生ニーズを満たす場合に免除される。

Section 232を特許製品に適用した意味

Section 232は本来、鉄鋼やアルミニウムなど基幹産業の輸入品に対する国家安全保障上の関税として設計された制度である。トランプ第1期政権では鉄鋼・アルミニウムにSection 232関税が適用され、その後自動車部品、個人防護具、医療機器なども調査対象となった。しかし、特許の有無を関税適用の基準とした例はこれまでにない。

通常、特許制度と貿易制度は別個の法的枠組みで運用される。特許権者は米国内での独占的実施権を持ち、侵害品の輸入を差し止める手段(ITC排除命令など)を既に有している。それにもかかわらず、関税という追加的な障壁を設けた今回の措置は、知的財産法と通商法の交差点に新たな前例を創出した。

特に注目すべきは、関税の対象が「特許が存在する製品」であることから、特許の成立・維持・消滅が直接的に関税負担に影響するという構造が生まれた点である。例えば、ある医薬品の米国特許が満了すればその医薬品への100%関税も解除されるのか、あるいはジェネリック参入との関係はどうなるのか——こうした問題はこれまでの通商法の枠組みでは想定されていなかった。

日本の製薬企業への影響

日本は通商合意国として15%の軽減税率が適用されるが、その影響は依然として大きい。日本製薬工業協会(JPMA)の加盟企業のうち、武田薬品工業、エーザイ、アステラス製薬、第一三共、中外製薬(ロシュ・グループ)などは米国市場で特許医薬品を販売しており、日本からの輸出分については新たに15%の関税負担が生じる。

もっとも、日本の大手製薬企業の多くは既に米国内に製造拠点を有しているか、米国の委託製造業者(CMO)を利用している。問題は、APIや主要原料の供給チェーンである。多くの場合、APIはインドや中国で製造され、日本で最終製剤化された後に米国へ輸出される。この場合、日本からの輸出品として15%が課されるのか、API原産国として100%が課されるのかは、HTSUSの品目分類と原産地規則の解釈に依存する。

さらに重要なのは、MFN価格合意と特許ライセンスの構造的関係である。MFN価格合意に参加する企業は、米国での薬価を他の先進国並みに引き下げることを約束する。日本の薬価制度は厚生労働省による公定価格であり、一般にOECD諸国の中でも低水準にある。日本企業がMFN合意に参加した場合、米国での価格引き下げ圧力が、ひいては日本国内での薬価交渉にも波及する可能性がある。

今後の注目点

布告は、商務省に対して90日以内に交渉の進捗を大統領に報告するよう指示している。この報告の内容と、それに続く追加措置の有無が第一の注目点である。

第二に、ホワイトハウスは既に約4,000億ドルの新規投資コミットメントが得られたとしている。この投資の具体的内容と、実際の国内生産移転の進展を追う必要がある。

第三に、本措置に対する法的挑戦の可能性がある。Section 232の適用範囲をめぐっては、鉄鋼・アルミニウム関税の際にもCIT(国際通商裁判所)やCAFC(連邦巡回控訴裁判所)で争われた経緯がある。特許製品への適用は新たな法的論点を提起する。

第四に、ジェネリック・バイオシミラーへの拡大可能性である。1年後の再評価でこれらにも関税が課された場合、米国の医薬品アクセスと医療費に直結する問題となる。

本措置は、特許権という知的財産制度と、関税という通商政策手段を組み合わせた実験的な政策である。その帰結は、製薬業界の国際的なサプライチェーン構造のみならず、知的財産法と通商法の関係性そのものに長期的な影響を及ぼす可能性がある。関連する動向として、DOJが標準必須特許と独禁法の関係について意見書を提出した事例も、米国における知財と競争政策の交錯という文脈で参照に値する。

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パテント探偵社 編集部

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