ディスプレイ画面を描かなくてよくなった日に、本当に変わったもの

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2026年3月13日、米国特許商標庁(USPTO)は、コンピュータ生成インターフェースおよびアイコンに関する意匠特許審査の補足ガイダンスを官報(91 FR 12394)で公示し、即日施行した。変更の核心は明快である。GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)やアイコンの意匠特許出願において、これまで事実上求められていた「物理的なディスプレイ画面の描写」が不要になった。図面からディスプレイの枠線が消えるという一見すると些末な変更の向こう側に、空間コンピューティング時代に対応した意匠保護の本質的な転換がある。

従来、USPTOの審査実務では、GUIやアイコンの意匠特許を出願する際、図面にディスプレイパネルまたはその一部を実線または破線で描くことが求められていた(MPEP 1504.01(a))。この要件は、意匠特許法(合衆国法典第35編第171条)が保護対象を「製造物品(article of manufacture)」のデザインに限定していることに由来する。デジタルインターフェースが物理的な画面上に表示されるものである限り、画面の描写はデザインが「製造物品」に結びついていることの証拠として機能していた。スマートフォンやタブレットの時代にはこの枠組みで十分だったが、ARゴーグルやホログラフィックディスプレイが現実の製品として登場した現在、この前提そのものが揺らいでいた。

今回のガイダンスは、この画面描写要件を撤廃する。ただし条件がある。出願のタイトルとクレーム(権利請求の範囲)が、製造物品(コンピュータ、コンピュータディスプレイ、コンピュータシステム等)を適切に特定していることが前提となる。つまり、図面でディスプレイを描かなくても、タイトルとクレームの記述で「このデザインはコンピュータシステムのためのものである」と明示すれば、製造物品との紐づけは維持される。「製造物品」要件自体は残すが、その証明方法を図面から言語による特定に移行させたのである。

この変更の法的根拠として、USPTOはSamsung Electronics Co. v. Apple Inc.(580 U.S. 53, 2016年)における連邦最高裁判決を援用している。同判決は「製造物品」の概念を広く解釈し、製品全体だけでなくその構成要素も製造物品に該当しうるとした。この判決は本来、意匠特許侵害に対する損害賠償の算定基準を争ったものだが、「製造物品」概念の柔軟な解釈を最高裁が承認した点は、意匠特許法全体に波及する意味を持つ。USPTOはこの広い解釈を根拠に、物理的画面の描写なしでもGUIデザインが製造物品に紐づく意匠として成立する余地を認めた。

実務上の影響が最も大きいのは、新たに明示的な保護対象として認められた領域である。ガイダンスは、以下の4種類のインターフェースが意匠特許の適格な対象となることを明確にした。プロジェクションインターフェース(壁面や物体表面に投影されるUI)、ホログラフィックインターフェース、VR(仮想現実)インターフェース、AR(拡張現実)インターフェースである。いずれもコンピュータシステムと結びついている限り、「一過性の(transient)」すなわち製造物品の視覚的特徴ではない単なる画像とは区別され、特許適格性が認められる。USPTOは2020年12月の情報提供要請(Request for Information)で、プロジェクション、ホログラム、VR/AR(PHVAR)デザインの保護について意見を募集しており、12件のコメントがこの保護拡大を支持していた。今回のガイダンスは、その議論の帰結である。

出願実務の観点からは、図面の簡素化とクレーム構成の柔軟性向上が最も直接的な恩恵となる。従来は、ARインターフェースの意匠を出願する際にも、そのUIが表示されるデバイス(ゴーグル、スマートグラス等)の画面部分を図面に含める必要があった。今後は「コンピュータシステムのための拡張現実インターフェース」とタイトルで記述するだけで足り、図面にはインターフェースデザインそのもののみを描けばよい。出願タイトルの選択肢も広がり、「コンピュータのための投影インターフェース」「コンピュータディスプレイのためのアイコン」といった柔軟な記述が認められる。これにより、保護範囲の設計に対する出願人のコントロールが増す。

この変更は、空間コンピューティング市場の主要プレーヤーに直接的な影響を及ぼす。AppleはVision Proで空間UIの設計を急速に展開しており、visionOSのインターフェースは従来のフラットスクリーンではなく三次元空間上に配置される。MetaはQuestシリーズでMR(複合現実)インターフェースを構築し、SnapはSpectaclesでARオーバーレイの商用化を進めている。これらの企業にとって、自社が設計するスクリーン非依存型のUIが、より簡潔な出願手続きで意匠保護を受けられるようになったことの戦略的意義は大きい。

日本企業への示唆も見逃せない。ソニーはPlayStation VR2で没入型UIの開発を進め、パナソニックは産業用ARソリューションを展開している。米国での意匠特許出願においてディスプレイ画面の描写が不要になることで、図面作成の負担が軽減され、保護範囲の設計にも柔軟性が増す。日本の意匠法は2019年改正で画像デザインの保護を拡充し、物品に記録・表示されていない画像(クラウド上の画像等)も保護対象に含めた。しかし「物品性」の要件は完全には撤廃されておらず、ホログラムや空間投影UIの保護については依然としてグレーゾーンが残る。USPTOの今回のガイダンスは、米国が空間コンピューティング時代の意匠保護で一歩先に進んだことを意味しており、日本の特許庁が2026年4月の審査基準改訂に続いてさらなる対応を検討する契機になる可能性がある。

出願戦略の観点で実務家が注意すべき点もある。ガイダンスは「一過性の(transient)」デザインと「非一過性の(non-transient)」デザインの区別を導入している。製造物品の視覚的特徴として機能しないデザイン、すなわちコンピュータシステムと紐づかない単なる浮遊画像は、依然として意匠特許の対象外である。したがって出願人は、自社のインターフェースデザインが「コンピュータシステムのためのもの」であることをタイトルとクレームで明確に主張する必要がある。この「for」という前置詞の使用がガイダンスでは重要視されており、「Icon for a display screen」「Graphical user interface for a computer」のように、デザインと製造物品の関係性を言語的に特定する形式が推奨されている。

USPTOはこのガイダンスについて、官報公示から60日間(2026年5月12日まで)のパブリックコメントを受け付けている。今後、MPEP(特許審査便覧)第9版の改訂にも反映される予定である。形式的には内部審査指針の変更にすぎないが、その実質は「製造物品」という意匠特許法の根幹概念を、物理的制約から解き放つ方向への一歩である。ディスプレイ画面を描かなくてよくなったという変更の裏にあるのは、意匠権が保護するものの定義そのものの静かな拡張である。空間コンピューティングのUIデザインに携わるすべての企業にとって、2026年3月13日は出願戦略を再検討すべき起点となる。

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パテント探偵社 編集部

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