2026年4月2日、トランプ大統領は「米国への医薬品および医薬品原料の輸入調整に関する大統領令」に署名し、特許で保護された医薬品に最大100%の関税を課すことを発表した。いわゆる「解放の日(Liberation Day)」1周年に合わせた発表であり、医薬品の国内回帰と安全保障を名目とした異例の措置である。
措置の概要:何が対象で、何が除外されるのか
今回の関税は、ホワイトハウスのファクトシートによれば、通商拡大法232条(Section 232)に基づく国家安全保障上の措置として発動される。対象となるのは、FDAのオレンジブック(低分子医薬品)またはパープルブック(生物学的製剤)に掲載され、かつ米国において有効な特許が存在する医薬品である。関連する有効成分(API)や主要な出発物質も対象に含まれる。
一方で、ジェネリック医薬品とバイオシミラー、およびそれらの原料は現時点では対象外とされた。ただし、ABC Newsの報道によれば、この除外措置は1年後に再評価される予定であり、恒久的な免除ではない。
さらに、希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)、核医学製剤、血漿由来治療薬、不妊治療薬、細胞・遺伝子治療、抗体薬物複合体(ADC)、医療対抗措置(MCM)については、米国政府の認定を条件に0%の関税率が適用される。
段階的な施行スケジュール
Ropes & Grayの解説によれば、施行は2段階に分かれている。大統領令の発令から120日後の2026年7月31日に、指定された大手製薬17社からの輸入品に対して関税が発効する。その他の輸入者については、180日後の2026年9月29日に発効となる。
関税の軽減措置も用意されている。米国内での製造拠点構築を計画する企業には当初20%の関税率が適用され、4年後に100%に引き上げられる。また、CNBCによれば、保健福祉省(HHS)との薬価交渉を完了した企業、または現在交渉中かつ国内製造を進める企業は関税免除の対象となる。
国別にも税率は異なる。EU、日本、韓国、スイスは15%、英国は10%という個別の税率が設定されている。
「特許の有無」が関税の分岐点となる異例の構造
今回の措置で知財の観点から最も注目すべき点は、関税の対象を「特許医薬品」と「ジェネリック」で明確に区別したことである。通常、関税政策は物品の物理的性質やHS分類コードに基づいて適用されるが、今回は「有効な米国特許の存在」という知的財産権の状態が課税の基準となっている。
この構造は、特許制度に対して通常とは逆のインセンティブを生み出す可能性がある。特許権者にとっては、特許を保有すること自体が関税負担を増大させる要因となりうる。一方で、ジェネリックメーカーにとっては、特許が切れた医薬品の輸入が関税面で有利になるという意味で、特許満了後の市場参入がさらに加速する可能性がある。
Crowell & Moringの分析は、この措置がSection 232に基づく点を強調している。これまでSection 232は鉄鋼やアルミニウムなど重工業分野で用いられてきたが、医薬品に適用されるのは初めてである。国家安全保障の論理が医薬品サプライチェーンにまで拡張されたことは、知的財産と通商政策の関係に新たな前例を作ったといえる。
製薬業界への影響
Advisory Boardの分析によれば、この関税が最終的に薬価にどう転嫁されるかは不透明である。特許医薬品はそもそも高価であり、100%の関税はその価格をさらに倍増させる可能性がある。ただし、国内製造への移行や薬価交渉による免除措置が機能すれば、実質的な影響は限定的となりうる。
問題は、医薬品のサプライチェーンがグローバルに構築されているという現実である。APIの製造はインドや中国に集中しており、製剤化はアイルランドやシンガポールなどで行われるケースが多い。100%関税の回避のために国内製造を選択する場合、数年単位の設備投資と規制当局の承認が必要となる。
知財政策としての評価
今回の措置は、表面的には製造業の国内回帰を促す通商政策であるが、その深層には知的財産制度の機能に対する根本的な問い直しが含まれている。
特許制度の本来の目的は、革新的な発明に一定期間の排他的権利を付与することで研究開発投資を促進することにある。しかし、特許の存在が関税負担の増大と結びつけられることで、「特許を取得すること」のコスト・ベネフィット計算が変わる可能性がある。
また、ジェネリックの除外は、「特許による独占を享受する企業には相応の負担を求める」というメッセージとも読める。これは、特許制度を「イノベーションの促進」ではなく「国内製造の促進」のためのレバーとして活用するという、従来の知財政策とは異なる発想である。
今後は、EU・日本・韓国の個別税率がWTO整合性の観点でどう評価されるか、また特許の有無による差別的課税がTRIPS協定との関係でどう議論されるかが注目される。特許保護と通商政策の交差点に立つこの措置が、国際的な知財秩序にどのような影響を与えるか、引き続き注視が必要である。
対象企業17社の選定基準
ホワイトハウスの発表によれば、最初に関税が適用される17社は、医薬品の輸入額が大きい大手製薬企業である。具体的な社名は大統領令の付属リストに記載されているが、ファイザー、ロシュ、ノバルティス、サノフィ、アストラゼネカなどグローバル製薬大手が含まれるとみられる。これらの企業は米国の医薬品輸入額の大部分を占めており、関税の影響は業界全体に波及する。
注目すべきは、17社のリスト選定が「輸入額」を基準としている点である。特許ポートフォリオの規模や研究開発投資額ではなく、輸入実績という通商上の指標が使われたことは、この措置が本質的には通商政策であることを示している。
オレンジブック・パープルブックの役割
関税対象の判定において、FDAのオレンジブック(Approved Drug Products with Therapeutic Equivalence Evaluations)とパープルブック(Lists of Licensed Biological Products)が中心的な役割を果たす。オレンジブックには低分子医薬品の承認情報と関連特許が掲載され、パープルブックには生物学的製剤の情報が掲載されている。
これらのデータベースに特許情報が掲載されている医薬品が関税対象となるため、「オレンジブックへの特許掲載」という従来は規制上の手続きだった行為が、関税負担を決定する要因になったことは画期的である。特許権者がオレンジブックに特許を掲載するかどうかの判断にも影響を与えうる。
WTOとの整合性に関する論点
国際通商法の観点から、本措置にはいくつかの疑問が提起されている。第一に、特許の有無による差別的な関税率の設定がGATT(関税及び貿易に関する一般協定)の最恵国待遇原則に抵触しないかという問題がある。同一品目であっても特許の有無によって関税率が異なることは、事実上、特許権者と非特許権者を差別的に扱うことになる。
第二に、国別の差別的税率(EU15%、英国10%)がWTOの無差別原則と矛盾しないかという問題がある。ただし、Section 232に基づく措置は国家安全保障例外(GATT第21条)の下で正当化されるという立場を米国政府はとっている。
第三に、TRIPS協定との関係も注目される。TRIPS協定は特許権者の権利保護を求めているが、特許を保有することで関税負担が増大する構造は、特許制度の趣旨との整合性について議論を呼ぶ可能性がある。
日本企業への影響
日本の製薬企業にとって、本措置の影響は限定的ではあるが無視できない。日本は15%の個別税率が適用される国に含まれており、100%の関税は回避できるものの、追加的なコスト負担が生じる。武田薬品工業、アステラス製薬、第一三共、エーザイなど、米国市場で特許医薬品を販売する日本企業は、価格戦略やサプライチェーンの見直しを迫られる可能性がある。
特に、日本企業が米国で製造拠点を持たない特許医薬品については、15%の関税を薬価に転嫁するか、利益率の低下を受け入れるか、あるいは米国内での製造を検討するかという選択を迫られることになる。
この記事について
パテント探偵社 編集部
知的財産の世界で起きている出来事を、ジャーナリズムの手法で報道・分析する独立メディア。特許番号・法的根拠・当事者名を正確に記述しながら、専門家以外にも読みやすい記事を届けています。掲載内容は法的アドバイスではありません。


コメント