米IPR申立、制度発足以来の歴史的低水準に——査定系再審査が初めてIPRを上回る

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米国特許商標庁(USPTO)の当事者系レビュー(IPR、Inter Partes Review)の申立件数が、2026年5月2日までの直近4週間で11件まで落ち込んだ。これは2012年9月にIPR制度が発足して以来、最も低い4週間水準である。同時期に、査定系再審査(ex parte reexamination)の請求件数は急増し、ピークでは28日間に130件を超えるなど、ついにIPRを抜いて米国における主要な特許有効性挑戦手段の座を奪った。米国を代表する特許法ブログ「Patently-O」のデニス・クラウチ教授が5月初旬に集計データを公開し、この構造変化を「Decimation(壊滅)」と評した。

2021年初頭から2025年中頃にかけて、IPR申立件数は28日間あたり概ね80〜130件のレンジで安定的に推移していた。それが2025年末から急減し、2026年に入って一桁台にまで沈み込んだ形である。同じ期間に査定系再審査の請求は伸び続け、現在では新規申立の数だけで見れば査定系再審査がIPRを上回る局面に到達した。

裁量的拒否の積み上げがIPRを萎ませた

IPRの急減は、USPTOが過去数年にわたり積み重ねてきた裁量的拒否(discretionary denial)の運用強化が主因とされる。並行する地裁訴訟との関係でIPR審理を見送るNHK-Fintivフレームワーク、長年にわたり特許権者が「正当な期待」を形成していた古い特許へのIPR申立を制限するsettled expectations理論、さらに2026年3月11日にUSPTO長官ジョン・スクワイアーズ氏が発出した裁量考慮要素の追加メモなどが、申立件数の減少に直接結びついている。

スクワイアーズ長官メモは、IPRおよび当事者系審査(PGR)の制度開始判断において、被疑製品が米国内で製造されているか、特許権者自身が米国内で競合製品を製造しているか、申立人が中小企業に該当するかといった「ものづくり政策・小規模事業者保護」の観点を裁量要素として明示的に加えた。これらの要素はいずれも、申立を拒否する方向に作用しやすい設計となっている。

査定系再審査への移行とその性格の違い

申立件数で見ればIPRを上回った査定系再審査だが、両者は手続的性格が大きく異なる。IPRは当事者系手続であり、特許権者と申立人が口頭審理で対峙し、PTAB(特許審判部)が最終判断を下す。これに対し査定系再審査は、原則として審査官と特許権者の二者間で進められ、第三者である再審査請求人は手続に参加できない(請求書提出後は基本的にオブザーバーにとどまる)。

当事者系の地位を放棄してでも査定系再審査を選ぶ動きは、申立人にとって裁量拒否のリスクを避ける合理的選択である。USPTO最新統計によれば、近時の査定系再審査請求の大半は第三者請求であり、IPRから流出した特許挑戦案件の受け皿として機能している。一方、再審査では申立人が手続に関与できないことから、特許権者がクレーム補正を通じて生き残るリスクが高まるとの指摘もある。

大手IT・特許訴訟業界への影響

IPRの萎縮は、被告として特許侵害訴訟に巻き込まれる大手テクノロジー企業にとって深刻な戦略変更を迫る事象である。アップル、グーグル、インテル、シスコ、エドワーズ・ライフサイエンシズら大手企業は2026年2月、USPTOの裁量拒否運用を巡って連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)でUSPTOに挑戦したものの敗訴している。グーグルは2026年5月初め、settled expectations理論によるIPR拒否の適法性を問う上告受理申請を米国最高裁に提出した。

こうした司法ルート以外でも、特許挑戦の手段は多様化が進む。査定系再審査に加え、地裁での無効抗弁、ITCにおける手続、PTABの上訴段階での争点提示など、IPRの代替経路は複数存在する。しかし、いずれも費用、迅速性、効率性の面でIPRの代替として完全に機能するものではなく、被疑侵害者側のコスト負担は増している。

制度設計の岐路

2012年に施行されたAIA(米国発明法)は、特許の質を高め、低品質特許への訴訟を抑制する目的でIPR制度を導入した。13年余りを経て、その看板制度が事実上機能停止状態に追い込まれたという事実は、米国特許制度の方向性を巡る大きな転換点を示唆している。USPTOは2025年10月にIPR規則の改正案を公示し、「一度生き残った特許は事実上再挑戦不能(one-and-done)」とする方向への規則整備を進めている。

議会・産業界・特許権者・テクノロジー業界の間でIPR制度の存続方針を巡る議論が再燃する可能性は高い。連邦巡回区での係属訴訟や、最高裁でのsettled expectations理論を巡る判断、さらにUSPTOが公示中のIPR規則改正案の最終形が、今後数か月のうちに米国における特許有効性挑戦の枠組みを大きく塗り替える見通しである。

NPE・PAEへの追い風と特許訴訟件数の変化

IPR制度はもともと、いわゆるパテント・トロール(NPE、Non-Practicing Entity)が低品質特許を武器に多数の被告を相手取って訴訟を起こす実務に対する抑止装置として設計された側面が強い。被疑侵害者は、地裁訴訟と並行してUSPTOに低コストで有効性を争うルートを得ることで、和解圧力を緩和できると期待されていた。

2026年に入ってからの裁量拒否の積み上げは、結果としてNPE・PAE(Patent Assertion Entity)にとっての訴訟リスクを大幅に低下させた。Unified Patentsの2026年第1四半期レポートによれば、地裁での特許侵害提訴件数はNPE主導の案件が前年同期比で増加傾向にあり、IPRリスクの低下がNPEのビジネスモデルを再活性化させているとの分析もある。中小事業者や個人発明家を装う申立人保護メカニズムも、結果的にNPEの戦術に組み込まれうるとの懸念が一部から指摘されている。

USPTO組織内の人事と運用継続性

制度運用面では、2026年4月30日にバレンシア・マーティン=ウォレス特許長官代理が退任し、5月1日付でロビン・エヴァンス氏が特許長官代理に就任した。USPTOは長官級・副長官級の交代と並行して、PTAB審理運営の方針を継続的に見直しており、IPR審理を取り巻く組織体制も流動的である。連邦巡回区でのCenterpetal Networks IPR合議体再構成を巡るFOIA訴訟(Malone v. USPTO)の第4巡回区判決など、PTAB運営の透明性を問う訴訟も並行的に進行中である。

実務への含意

特許権者にとっては、IPRリスクの低下は短期的には好材料だが、査定系再審査での補正対応や、地裁での無効主張、CAFCでのsettled expectations理論を巡る審理など、複数の戦線で防御を求められる構造に変わっていく。被疑侵害者側は、IPRを前提とした従来の防御戦略を見直し、査定系再審査の特性、地裁での無効主張のタイミング、ITCでの代替戦略を含めた総合的な特許訴訟戦略の再設計が必要となる。米国における特許挑戦市場は、AIA施行以来初の大規模な再編期に入った。日本企業にとっても、米国に特許ポートフォリオを保有する場合は権利行使戦略の見直しが、米国で訴えられる側に立つ場合は防御戦略の再設計が、それぞれ求められる局面となっている。

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パテント探偵社 編集部

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