Unified Patentsが2026年4月14日に公表した四半期報告書によると、2026年第1四半期(1〜3月)における米国特許審判部(PTAB)へのIPR(当事者系レビュー)申立て件数は131件と記録的な低水準に落ち込み、前年同期比64.2%の急減を記録した。裁量的却下件数は前年比622.7%増と爆発的に増加しており、米国特許制度の根幹をなすIPR制度は大きな転換期を迎えている。特許侵害訴訟の対抗手段として広く活用されてきたこの制度の変容は、特許権者・被疑侵害者の双方に戦略の抜本的な見直しを迫っている。
PTABは2012年の米国発明法(America Invents Act, AIA)の施行に伴い設立された行政審判機関であり、IPR(当事者系レビュー)およびPGR(付与後レビュー)を通じて第三者が発行済み特許の有効性を争うことができる制度の運営主体である。2013年から2020年代初頭にかけて申立て件数は年間2,000件を超える時期もあり、特にNPE(非実施主体、いわゆるパテント・トロール)からの攻撃的な侵害主張に対する対抗手段として被疑侵害者に広く活用されてきた。通常の地区裁判所訴訟に比べてコストを抑えられ、技術的専門性の高い審判部が無効性を判断するため、特許の質の向上にも資するとして高く評価された一方、「特許を脆弱にし、イノベーションの誘因を損なう」という批判も根強く存在してきた。
同報告書が示す2026年Q1の主要数値は以下の通りである。全PTAB申立て件数は131件(前年同期比64.2%減・前四半期比32.5%減)、うちIPRは前年同期比66.3%減・前四半期比35.4%減と急減した。PGRも前年同期比26.3%減となっている。保留申立て件数(審理中を含む)は815件と12年ぶりの低水準を記録し、制度の利用規模が構造的に縮小している実態を浮き彫りにしている。
申立て件数の急減を最も端的に説明するのが、裁量的却下(discretionary denial)の爆発的な増加だ。2026年第1四半期の裁量的却下件数は前年同期比622.7%増を記録し、歴史的に第3位の高水準を維持している。裁量的却下とは、PTABが申立ての実体審理に入る前に、制度の効率性や公正性の観点から申立てを退ける手続である。2020年のApple Inc. v. Fintiv(PTAB先例)が確立したNHK-Fintivフレームワークの下、並行する地区裁判所訴訟の進行状況を考慮した裁量的却下が急増してきた。申立て段階で既に高い却下リスクがあると評価される案件は申立てが行われなくなっており、申立て件数の低下と却下件数の増加という二重の意味でIPRの実用性が制限されている。
機関決定率(institution rate)の急落も著しい。NPE(非実施主体)に対する機関決定率は2025年Q1の64.6%から2026年Q1には24.6%へと約40ポイント下落した。実施主体(operating company)についても81.6%から40.5%へと約41ポイント急落している。申立てに要する弁護士費用・申立手数料・先行技術調査費用を勘案すれば、審理開始率が4割以下では費用対効果の確保が難しく、IPR申立てを選択する動機が著しく低下する。この数字は、IPR制度が実質的に「審理されにくい制度」へと変容したことを示す指標といえる。
一方で代替手段の台頭が顕著だ。ex parte(単独系)再審査の請求件数が前年同期比157.1%増と急増し、歴史上第2位の水準に達した。IPRの利用が難しくなった代替手段として、コストが低く比較的簡便な単独系再審査への移行が進んでいる。単独系再審査は当事者系と異なり、申立人がその後の異議申立権(estoppel)を喪失しない利点があるが、審査過程への当事者参加が制限される点に留意が必要だ。なお、2026年4月5日施行の特許庁長官署名官報通知により、特許権者が再審査実施決定前に「実質的新規疑問点の不存在」を主張する30ページのペーパーを提出できる新手続が導入されており、申立人・特許権者双方が対応を求められる局面となっている。
地区裁判所における特許侵害訴訟件数は前年同期比21.6%減、四半期比17.1%減と全体的に減少した。ただしNPEが高技術分野の特許訴訟の90.3%を担うという傾向は変わらず、テキサス東部・西部地区への訴訟集中(全特許訴訟の37%超、NPE訴訟の57%超)が継続している。また、国際的な動向として、欧州統合特許裁判所(UPC)制度が定着しつつある中、米国のIPR制度の空白を補完する形で欧州での無効手続きを積極活用する戦略も選択肢に浮上している。
PTABをめぐる変化は、米国特許訴訟全体の戦略地図を書き換えている。IPRの実効性が低下する中、特許権者は訴訟で優位に立ちやすくなった面がある一方、被疑侵害者は地区裁判所での無効抗弁・単独系再審査・設計変更など複数の選択肢を並行して検討しなければならない。実務家には、個々の事案において並行訴訟の有無・裁判所の進行状況・先行技術の強度・対象特許の技術分野を踏まえた精緻な戦略設計が求められる。2026年Q2以降のデータが、この制度転換の持続性と深度を判断する重要な指標となる。
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パテント探偵社 編集部
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