USPTOの特許付与遅延が318日に拡大——2021年最低水準の3倍近くに達し、審査品質の劣化が顕在化

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米国特許商標庁(USPTO)が発行する実用特許の特許期間調整(Patent Term Adjustment:PTA)の6週間移動平均が、2026年4月中旬時点で318日に達した。法学者のDennis Crouch教授(ミズーリ大学)が運営するPatently-Oが2026年4月21日に公表したデータが示すこの数値は、同庁が2010年代初頭の大量積滞を処理しつつあった2015年(約320日)と同水準まで悪化したことを意味する。2021年中盤に記録した過去最低値の120日と比較すると、わずか5年足らずで約165%増という急騰を記録しており、審査遅延の深刻化が数字として明確に示された形だ。

特許期間調整(PTA)とは

PTAは35 U.S.C. § 154(b)に根拠を持つ制度であり、USPTO側の審査遅延によって出願人が失った権利期間を補填するため、通常20年の基本権利期間に加算して付与される延長期間を指す。具体的には、審査開始から3年以内に特許が付与されない場合や、USPTOが所定の応答期限を超過した場合に日数が積み上がる仕組みになっている。一方、出願人側の遅延(補正書・応答書の提出遅延等)は相殺減算される。

PTAの平均値は、知財業界でUSPTOの審査処理能力を測る代表的な指標のひとつとして広く参照されている。値が高いほど審査に時間がかかっていることを示し、特許権者にとっては権利期間の延長というメリットをもたらす一方、後発品メーカーや競合他社にとっては市場参入障壁が想定より長期化するリスクを意味する。

2015年から2026年——急落後の急騰

USPTOの平均PTAは2015年に約320日で推移していた。同年以降、同庁はGAO(米国政府説明責任局)の勧告を受けた審査官採用拡大や審査プロセス効率化に取り組み、6年かけてPTAを着実に引き下げた。2021年中盤に120日という最低値を達成したことで、「審査遅延問題は概ね解消した」との評価が業界内で広がっていた。

しかし2021年以降、状況は一転した。新型コロナウイルス感染症の収束後に出願数が急増し、審査官採用が滞ったことが直接の原因として挙げられる。さらに現政権下での連邦政府全体の人員削減・採用凍結方針の影響が加わり、審査官一人当たりの負担が増加した。Crouch教授は2026年4月21日付けの分析で、「現時点でトレンドラインが平坦化する兆候は見られない」と指摘している。

「積滞件数」と「審査速度」——二つの指標の乖離

同時期、USPTOはDirector Squires体制のもとで「審査生産性向上」の成果として、未審査出願数が2026年4月6日時点で77万6,995件——2年ぶりの低水準——に減少したと発表している。2025年1月のピーク(83万7,928件)からの削減幅は約6万1,000件に上る。

しかしこの二つの指標の並存は矛盾を内包している。未審査件数の減少は、一定数の案件が比較的迅速に処理されていることを示す一方、PTA318日という数値は、審査中の案件一件当たりの処理時間が長期化していることを示す。言い換えれば、「積滞の山を数の上では崩しているが、各案件の審査に費やす時間は増えている」という構造的矛盾が生じている可能性がある。審査官数の減少が一人当たりの処理件数を増やしながらも審査深度を低下させているという仮説と整合するデータでもある。初回審査待ちの期間は現在すでに20カ月を超えており、この状況が継続すれば2026年末から2027年にかけてPTAがさらに拡大する可能性が高い。

実務への影響——製薬・バイオテクから後発品まで

現在発行される平均的な実用特許は、20年の基本権利期間にほぼ1年分の延長期間が付加される計算になる。これが各産業に与える影響は一様でない。

製薬・バイオテクノロジー業界では、特許権利期間と市場独占期間が収益に直結するため、長いPTAは出願人にとって有利に働く側面がある。新薬や新規治療法の特許が20年を超えて存続することで、開発コスト回収の窓口が広がる。

一方、後発品メーカー・競合他社・IPR(当事者系再審査)を活用してパテントチャレンジを図る企業にとっては、想定外に長期化した特許権が市場参入の障壁として機能し続けるリスクが高まる。製薬分野においては、後発品の市場参入時期が数カ月単位でずれるだけでも数十億ドル規模の損失を生む可能性があり、PTAの動向は戦略的な重要度を持つ。

特許実務家が取るべき対応

PTA上昇局面では、実務家側でいくつかの対応が求められる。第1に、PTA計算の検証と回収申請(PTA challenge)の精査だ。PTAはUSPTOの内部記録(画像ファイルラッパー)から算出されるが、庁側の計算誤りも少なくない。MPEP 2736の手続に従って異議を申し立てることで、数十日から数カ月分の権利期間を取り戻せるケースがある。

第2に、加速審査制度の戦略的活用が一層重要になる。Track One優先審査(約4万5,000ドルの追加費用)や、日米間のPPH(特許審査ハイウェイ)を活用することで、初回審査待ちの20カ月超という待機期間を大幅に短縮できる可能性がある。AI・量子計算・医療機器といった競争の激しい技術分野では、権利取得を前倒しすることの価値がコストを上回る局面が増えているとみられる。

第3に、出願人側の遅延管理だ。審査期間が長期化するほど、出願人側の応答遅延がPTAの減算要因として累積するリスクも高まる。補正書・意見書の提出にあたって所定期限を厳守することが、権利期間を最大化する上で従来以上に重要になっている。

ASAP!プログラムの限界と今後の展望

Director Squiresが審査効率化施策の柱の一つと位置付けるASAP!(AI支援型先行技術調査自動化パイロット)プログラムは、2026年4月にその期限が同年6月まで延長・拡大された。同プログラムは出願人と審査官がAIツールを活用して先行技術サーチを共同実施する仕組みを採用しており、特定のケースでは審査期間短縮に貢献する可能性を持つ。ただし、現時点でのプログラム規模はUSPTO全体の審査遅延に対応するには依然として限定的であり、PTA全体への影響は軽微にとどまるとみられる。

Patently-Oのデータが示すトレンドラインは、2026年内に330日超に達する可能性を示唆している。審査官採用の本格再開や予算措置が講じられない限り、PTAの高止まりは継続する見通しだ。今後四半期ごとに公表されるPTAデータは、USPTOの審査能力の実態を判断する最も重要な指標の一つとなる。

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パテント探偵社 編集部

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