Apple Watch輸入禁止が確定——ITC限定除外命令の動き
2026年3月19日、アメリカ連邦巡回控訴裁判所(CAFC)はAppleがタリフ法第337条に違反したというITC(国際貿易委員会)の決定を全員一致で支持する判決を下しました。この判決により、MasimoのSpO2(血液酸素飽和度)特許を侵害した特定のApple Watch モデルの輸入を禁止する限定除外命令(LEO)が確定しました。ITC調査案件は337-TA-1276「特定の光ベース生理的測定装置およびそのコンポーネント」として記録されています。
この紛争の出発点は、2021年6月のMasimo CorporationおよびCercacor Laboratoriesによる苦情申し立てです。Appleが2020年9月にApple Watch Series 6を血液酸素測定機能付きで発売してから、わずか9ヶ月後のことでした。医療技術企業Masimo は、Appleがその特許技術を無断で採用したと主張し、ITC の強力な救済措置を求めました。
争点となった特許と技術的な侵害
今回の紛争の中核にあったのは、Masimo の「Poeze特許群」です。争点となった特許はUS 10,912,501、US 10,912,502、US 10,945,648、US 10,687,745、およびUS 7,761,127で、ウェアラブルデバイスにおけるLED(発光ダイオード)とフォトディテクタ(光検出器)を使用したSpO2測定方法を網羅しています。これらの特許は、光学技術を活用して腕時計のような小型デバイスで酸素飽和度を正確に測定する手法を保護するものです。
連邦巡回控訴裁判所は、Poeze特許のうちUS 10,912,502およびUS 10,945,648に関する4つの請求項についてAppleの侵害を確定しました。これらの請求項は、ウェアラブルデバイスにおけるLED/フォトディテクタベースのSpO2測定に関わる技術を明確に保護していました。Appleは国内産業要件、クレーム解釈、特許有効性、および出願懈怠などに関して複数の異議を唱えましたが、連邦巡回控訴裁判所はすべてこれを退けました。
同日の逆転:デザイン回避の成功
興味深いことに、同じ2026年3月19日、ITC仲裁廷のMonica Bhattacharyya判事は別の決定を下しました。AppleがMasimo特許侵害を回避するために再設計した血液酸素測定機能は、特許を侵害しないと認定したのです。
Appleの設計回避戦略は次のように機能します。血液酸素測定用のセンサーデータはApple Watch上で収集されますが、その処理と分析をペアリングされたiPhoneに移行させるというものです。ユーザーは Apple Watch のディスプレイではなく iPhone で測定結果を確認することになります。このデザイン回避は2025年8月にAppleが開発し、11月の別の侵害判決が下されるまでに実装の準備が整っていました。
この判決が示すところは、ITC の限定除外命令が完全な市場排除ではなく、実装戦略の変更を促す強力なインセンティブとして機能することです。元のApple Watch設計(オンデバイス処理版)は輸入禁止のままですが、iPhone依存型ワークアラウンドは法的に許可されているのです。
並行する民事訴訟と6億3,400万ドルの陪審判決
ITC手続きと並行して、民事訴訟も進行していました。2025年11月、連邦地裁の陪審団はAppleがMasimoに対して特許侵害による6億3,400万ドル(約950億円)の賠償金を支払うべきだと判定しました。この金銭的な判決は、ITC の輸入禁止命令と相まって、Appleに対する二重の圧力となりました。
この6億3,400万ドルの陪審判決は、単なる経済的制裁ではなく、Apple のビジネス戦略の見直しを強制するメッセージとなっています。技術企業が医療技術特許を侵害する場合、ITC による輸入禁止と民事における金銭賠償の組み合わせは、極めて有効なレメディーとなるのです。
医療技術企業による ITC 戦略の効果性
Masimo Corporation は、1989年設立の医療技術企業で、パルスオキシメトリ(脈拍酸素濃度計)の分野での先駆者です。Apple Watch の血液酸素測定機能の導入は、医療監視技術の民間消費者デバイスへの統合を象徴する出来事でした。しかし Masimo にとっては、自社の独自技術がAppleによって十分な許可なく採用されたことは許容できないものでした。
本紛争は、規模の小さい技術企業が ITC を戦術的に活用して大規模企業に対抗できることを示しています。ITC の限定除外命令は、単に輸入禁止だけでなく、企業の技術戦略を根本的に変えるツールとなり得るのです。デザイン回避の許容という結果は、Appleが特許を尊重するアプローチに転換することを実質的に強制しました。
紛争の時系列
本紛争の流れを整理すると、以下のようになります。2020年9月、Apple Watch Series 6が血液酸素測定機能付きで発売されました。翌2021年6月、Masimo とCercacor Laboratories が ITC に苦情を申し立てました。その後、ITC は詳細な調査を実施し、2026年3月19日に限定除外命令を発行する決定に至りました。並行して、2025年11月には民事訴訟で6億3,400万ドルの陪審判決が下されており、この二重の法的圧力がAppleの戦略変更を加速させました。
デザイン回避の認可も同日に決定されたことは、単なる偶然ではなく、Appleが既に実装準備を整えていたことを示唆しています。医療技術の特許紛争において、大企業が回避戦略で応答する能力があることは、知的財産戦略の複雑性を浮き彫りにするものです。
知的財産戦略としての示唆
本紛争は、医療技術分野における ITC 戦略の有効性を示す事例です。大企業による侵害に対して、ITC は輸入禁止という強力なツールを提供します。しかし同時に、デザイン回避の成功も示されたことで、完全な排除ではなく、技術的な課題解決の余地があることも明らかになりました。企業は、特許侵害の指摘を受けた場合、単に訴訟で対抗するのではなく、技術的な実装方法の変更を検討する必要があるのです。
Masimo の勝利は、医療機器分野でのパルスオキシメトリ技術に関する知識と経験が、ウェアラブル技術との統合においても価値を持つことを立証しました。ITC による限定除外命令と民事上の金銭賠償の組み合わせは、知識集約型産業において、特許保護が実質的な経済的効果をもたらすことを示す重要な事例となっています。
この記事について
パテント探偵社 編集部
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