米国特許商標庁(USPTO)の特許審判部(PTAB)における係属件数が2026年3月31日時点で1,866件となり、20年ぶりに2,000件を下回ったことをPatently-Oが報じた。IPR(当事者系再審査)制度が存在しなかったBPAI(特許審判・審判前審判委員会)時代と同等の水準への回帰を意味し、スクワイアーズUSPTO長官が2025年10月から自ら掌握してきた裁量的不開始方針の影響が統計上鮮明に現れている。
20年ぶりの低水準に至った経緯
PTABの係属件数は、IPRが本格稼働を開始した2012年度(当時の名称はBPAI)にピークの約27,000件に達した。以後は一定の減少傾向を示してきたが、長年にわたって数千件規模で推移し、平均審理期間も2025年5月時点では約28ヶ月を要していた。Patently-Oが引用したPTAB首席副審判長(Acting Vice Chief Judge)スタシー・ホワイト氏の報告によれば、2026年3月31日現在の係属件数は1,866件にまで低下し、平均審理期間も約9ヶ月まで大幅に短縮された。
スクワイアーズ長官の「全件不開始」政策
係属件数急減の主因は、ジョン・スクワイアーズUSPTO長官が2025年10月以降に行使してきた積極的な裁量的不開始(discretionary denial)にある。Patently-Oによれば、長官が自ら関与した個別のIPR機関決定は2026年4月時点で34件に上り、すべてが不開始とされた。事実上100%の不開始率であり、IPR制度の機能的縮小が数字に明確に表れている形だ。
スクワイアーズ長官が裁量的不開始の根拠として援用してきた主要な論理の一つが、「特許権者の確立された期待(settled expectations)」である。これは、特許が6年以上存続している場合、特許権者の権利安定性への合理的期待を理由にIPR開始を推定的に否定する法理で、2025年以降のDirector級決定を通じて形成されてきた。
Googleが最高裁に裁量上告申請
こうしたPTABの運用変化に対し、Google LLCは2026年4月27日、Google LLC v. VirtaMove, Corp.事件において最高裁判所への裁量上告(certiorari)申請を行った。申請では(1) 特許権者の「確立された期待」を理由に存続6年以上の特許に対するIPR申請を一律否定することがAIA(米国発明法)の授権範囲を超えるか否か、および(2) 連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)がこの長官決定に対して司法審査を行使できるか否か、という2つの問いを提示している。最高裁がこの申請を受理するかどうかが当面の注目点だ。
実務へのインプリケーション
PTAB係属件数の急減とIPR不開始の常態化は、特許侵害訴訟における被告の防御戦略に直接影響する。従来、IPRは地裁訴訟と並行してコストパフォーマンスの高い無効化手段として機能してきた。しかし現状ではIPRの機能的縮小により、被告は地裁でのSection 103(自明性)・Section 112(記載要件)を中心とした主張の充実と証拠構築に重心を移すことが実務上求められる。
一方、特許権者にとっては権利の安定性が向上し、ライセンス交渉において有利なポジションを確保しやすくなっている。ただし、Googleの最高裁申請が受理されてIPRの裁量的不開始の法的根拠が問い直される場合、この均衡が再び揺らぐ可能性を排除できない。PTAB係属件数の歴史的低水準は、現在のIPR制度が重大な転換点を迎えていることを示す最もシンプルな指標と言えよう。
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パテント探偵社 編集部
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