特許法の専門メディアPatently-Oは2026年4月、USPTOのオフィスアクション(拒絶理由通知)で引用される先行技術のうち約25%が出願時点では公開されていなかった「秘密先行技術」であることを示す実証研究を公表した。233百万件の引用記録を分析した本研究は、出願人が知りえない情報によって拒絶される構造的問題の規模を初めてデータで可視化したものだ。
本研究はPatently-O主宰者のDennis Crouch教授が実施した。分析対象は2002年から2026年にかけて付与された米国特許約900万件に含まれる233百万件の引用記録に加え、USPTO特許審査データシステムAPIから抽出した年間約10,000件のオフィスアクション(2008年〜2026年初頭)だ。
研究の核心は「秘密先行技術」の二重の定義にある。第一に「法的に秘密(legally secret)」な先行技術とは、引用された文献が出願人の出願日時点でまだ公開されていなかったものを指す。米国特許法102条(a)(2)は、他者の出願を先行技術として使用する際、その「有効出願日」を基準日とする。つまり、まだ公開されていない他者の出願であっても、自己の出願より先に出願されていれば先行技術として引用されうる。現在、オフィスアクションの約30%がこの「法的に秘密」な文献を少なくとも1件引用している。
第二に「実質的に秘密(practically secret)」な先行技術とは、関連するファミリー出願(継続出願・分割出願・PCT公開)のいずれも公開されていなかったケースを指す。この基準で測ると約25%に絞られる。差分の約5%ポイントは「法的には秘密だが、関連出願の公開を通じて実質的には発見可能だった」文献に相当する。
時系列の変化も注目に値する。秘密先行技術の比率は2006年の約25%(法的基準)から2016年の約12%まで大幅に低下した。この減少は、1999年の米国発明者保護法(AIPA)が導入した出願公開制度(出願から18ヶ月後の公開義務化)の効果だ。しかし2016年以降は再び上昇に転じ、現在は約30%に達している。
上昇の要因として、Crouch教授は3点を指摘する。第一に、2013年施行のAIA(米国発明法)がHilmerドクトリンを廃止し、外国優先権出願日まで先行技術の基準日を遡及させたこと。これにより法的に秘密な先行技術が約3.2%ポイント増加した(実質的には約2.2%ポイント)。第二に、グローバルな出願件数の増加。第三に、AI・半導体など技術変化の速い分野への出願集中だ。
秘密先行技術は技術分野により偏在する。電気工学・通信分野が最も高い比率を示し、機械工学が最も低い。秘密先行技術の79%は公開特許出願(公開公報)であり、平均「秘密期間」は371日だ。残りの21%は公開公報なしに特許として成立した文献である。
実務上の示唆も重要だ。出願人は秘密先行技術の存在を出願時に知りえないため、先行技術調査で発見できず、回避設計も不可能だ。本研究では審査官が引用する先行技術の平均年齢が過去18年間で約4年から6年超に伸びたことも明らかになった。累積的な公開文献の増加と検索ツールの改善により、審査官がより古い文献を発見しやすくなったためだ。
関連する司法動向も注目される。連邦巡回区控訴裁判所はLynk Labs, Inc. v. Samsung Electronics Co.判決(125 F.4th 1120, Fed. Cir. 2025)で、公開特許出願が出願人の出願日より後に公開されたものであっても、IPR(当事者系レビュー)で先行技術として使用できるとの判断を示した。米連邦最高裁は2026年3月9日にこの上告受理を拒否し、連邦巡回区の判断が確定した。
Crouch教授は欧州特許庁(EPO)との比較にも言及する。EPOでは秘密先行技術は新規性の判断にのみ使用され、進歩性(米国の非自明性に相当)の判断には使用されない。一方、米国では秘密先行技術が主に非自明性の拒絶に使用されている。欧州方式を採用すれば、秘密先行技術に基づく拒絶の大部分が消滅することになる。
本研究は、特許審査の透明性と公平性に関する根本的な問いを提起している。出願人が知りえない情報に基づく拒絶が全体の4分の1を占める現状は、制度設計上の検討課題といえる。出願戦略の観点からは、継続出願やPCT出願を通じた早期公開が自己の出願の先行技術としての「秘密性」を実質的に低下させうることも、本研究のデータから読み取れる。
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パテント探偵社 編集部
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